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古紙名刺がクレームからSDGs貢献に変わるまで

山櫻、独自の開発姿勢で紙製品の魅力を発信
 1931年の創業以降、名刺や封筒などの紙製品や関連サービスを提供してきた山櫻。デジタルデバイスの普及が進む中でも、紙ならではの良さを訴求する製品の開発に力を注ぐ。今でこそ、環境配慮や社会課題の解決につながる製品開発の重要性が叫ばれるが、同社は30年以上も前からこうした発想を具現化するビジネスを展開している。

 2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」-。12兆円もの新規ビジネスを生み出すとも言われるSDGsをめぐっては、さまざまな企業が本業を生かそうと熱い視線を注ぐ。山櫻はこうした世界的な潮流に先んじて、社会課題の解決につながる製品開発を手がけてきた。

 1990年には古紙を使った名刺を発売。友野猛雄上席執行役員経営管理部門部長は「鈴木俊一都知事(当時)がカレンダーの裏紙を使って名刺を作ったエピソードが話題になり、世間がリサイクルに関心を示し始めたころだった」と当時を振り返る。「それでも、再生紙名刺を発売した当初はなかなか受け入れてもらえなかった。『人様に渡す名刺に古紙を使うとは何事か』というクレームもあった」(同)。

 しかし、その後も1993年に非木材や間伐材を使用した紙製品を発売。2000年に国際標準化機構(ISO)が発行する環境マネジメントシステムを取得し、2006年には森林の管理や木材の流通に関する国際的な認証機関である森林管理協議会(FSC)が認めた「FSC森林認証紙」を使用した製品の販売も始めて、社会や環境に貢献する紙製品の開発を止めることはなかった。

エシカル製品で企業の意識改革を


 パソコンや周辺機器の普及によって、今や名刺は誰でも手軽に作れるものになった。そうした中、再生紙や間伐材紙などを使った名刺は本業とは異なる2枚目の名刺やペットの名刺など、個人で名刺を作る人たちの興味を引いた。「今では個人で名刺を作る人たちの方が、企業の名刺を持つ人たちよりも環境や社会への貢献に対する意識が高い」。市瀬豊和社長はこう語る。

 同社では、東日本大震災による津波で稲作が困難になった農地で栽培された綿の茎を使う「東北コットンCoC」や、日本で初めて紙のフェアトレード(公正取引)認証を取得したバナナの茎の繊維で作られた「バナナペーパー」もラインアップに加えることで、原材料の調達や製造過程で環境負荷などに配慮した商品を率先して選択する「エシカル(倫理的)消費」という新たな消費者ニーズを捉えようとしている。

 震災被災地の復興支援や、アフリカ・ザンビアにおける雇用の創出、貧困解決などを視野に入れた活動を展開するのもこうした取り組みの一貫だ。

 市瀬社長も自らの名刺を使ってエシカル消費をアピールする。ただ、「企業にとってはビジネスとして成立するのかといった視点がどうしても色濃くなってしまう」(市瀬社長)と意識改革の難しさを言葉の端々ににじませる。

 名刺で使う一般的な上質紙と比べてエシカル製品のコストは高く、バナナペーパーは従来製品の5倍に相当するという。名刺を発注する企業の中には、会社方針としてはエシカル製品に興味を示しても、コスト面で発注担当者が安易に採用を見送ることも珍しくない。「SDGsは経営者が強いリーダーシップを持ち、企業戦略として意識することが重要」(同)と課題を指摘する。

「何もしないことが一番の問題だ」


 同社によると、名刺や封筒などの既製品の売り上げのうち、エシカル製品の占める割合は43%。将来的には売り上げの100%をエシカル製品で占めることを目標に掲げ、全ての既製品約3300品目をFSC森林認証紙に切り替える作業を進めている。「紙製品でできる社会貢献は限られているが、小さなことでも積み重ねることが大事。何もしないことが1番の問題だ」(同)。

 3年後の2021年には創業90周年を迎える同社。若手社員や女性の視点を生かした紙製品の開発にも力を注いでいる。多摩美術大学との産学連携事業を経て、2013年にはセカンドブランド「+lab(プラスラボ)」を立ち上げた。

 同ブランドでは協力会社とともに製品を作る。「いいものを安く提供するためにはどの協力会社と組めばいいのか、すぐに判断できるのは長らく紙製品の製造に携わってきたからこそ」(市瀬社長)。

 ロール状のメモ用紙「memo wrap(メモラップ)」や蛇腹状につながった紙でできた「accordion note(アコーディオンノート)」は、それぞれレシートで使う感熱紙やファミクシリ用の用紙の製造技術を応用。「書いて初めて完成する『余白』とプレーンさ」(同)を生かした個性的な製品が、女性を中心に人気を博している。

 かつてラグビー選手として名をはせた市瀬社長。高校生の時には高校日本代表に選ばれ、大学や実業団でも活躍した。現在は母校である慶応大ラグビー部の支援にも携わっている。応接室に飾るラグビーボールはフェアトレード製品。自らのできることを通じて社会課題を解決したいとの思いが込められている。
ラガーマンとして活躍した市瀬社長。ボールはフェアトレード製品


日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
【企業情報】 ▽所在地=東京都中央区新富2の4の7▽社長=市瀬豊和氏▽創業=1931年5月▽売上高=127億円(2018年2月期)

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