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携帯大手“脱通信依存”で新たな競争軸、ビッグデータを最もうまく生かすのは誰だ

スマホ市場は成熟期、非通信分野の成長が急務
携帯大手“脱通信依存”で新たな競争軸、ビッグデータを最もうまく生かすのは誰だ

NTTドコモはdデリバリーの販促活動に予兆モデルを活用して成果をあげた

 携帯大手がビッグデータ(大量データ)を駆使した新たなビジネスモデルを構築しようとしている。武器となるのは大手3社合計で1億7000万件とも言われる契約者情報だ。スマートフォン市場が成熟期を迎える中、非通信分野で多様な商材を展開することが急務。高鮮度で高精度なデータを事業に生かそうと、各社の新たな競争が始まった。

KDDI データ分析専門家育成


 「3カ月後には活躍できるデータサイエンティストとしてお返ししますから、お願いします」―。KDDI人財開発部の佐藤雄一副部長は各部門をこう説得して回った。

 KDDIは2018年11月からビッグデータを分析する人材の育成に乗り出している。携帯電話部門や法人営業など、多様な部門から選んだ20人の社員が3カ月間業務から離れ、集中プログラムを受講。簡易なデータ分析ができる“ジュニア・サイエンティスト”として育成することが目的だ。

 選ばれるような優秀な社員を3カ月間手放し、プログラム教育に専念させることは企業としては確かに痛手だ。しかし、金融や物販など事業の幅を広げるKDDIにとって、顧客行動や動向を分析して多様なサービスを組み合わせた提案活動は必須だ。データ分析人員は喉から手が出るほど欲しい人材のため、「今回は腹を決めて送り出した」(佐藤副部長)。

 プログラムの作成や運営には、データ分析を手がける傘下のアライズアナリティクス(東京都渋谷区)とアルベルトが協力した。最初の1カ月半は分析に必要なプログラミングの基礎などの教育を受け、残りの期間は架空の顧客データなどを用いた実践的な分析に取り組む。例えば電子商取引(EC)サイト上で顧客の属性や購入状況、商品情報を基に、売れる商品と売れない商品とを仕分けできるようにする。

KDDIは3カ月の集中プログラムでジュニア・サイエンティストを育成

 3カ月後、分析の基礎を学んだジュニア・サイエンティストを各部署に配置することで、顧客の特徴をつかみ分類する「クラスター分析」が部署内で行えるようになる。さらに研修を通じて各部署が扱うデータを社員同士で共有できるため、分析手法の広がりにも期待できる。

 簡易な分析は自社で完結して、高度な分析は傘下企業に任せるといったすみ分けも可能だ。今後、格安スマホ事業などを手がける「UQコミュニケーションズ」といった傘下企業の社員も研修に参加する予定だ。

NTTドコモ 「予兆モデル」を駆使


 NTTドコモは「予兆モデル」を駆使することで、顧客へのサービス提案に結びつけている。予兆モデルはユーザーの過去の行動パターンといったビッグデータを人工知能(AI)などで分析し、「〜しそうな人」を抽出するものだ。

 ドコモは20年ほど前から携帯電話の解約率を抑えるための「解約予兆モデル」を活用している。これをベースに、現在では約500の予兆モデルを多様な分野で導入する。

 例えばドコモが手がける食品宅配サービス「dデリバリー」では、販促メールを打つ市場ターゲティングに予兆モデルを使った。その結果、無作為にメールを配信した顧客と比べ、予兆モデルで絞り込んでメールを送った顧客の方が注文数は3倍になった。

 さらにフィーチャーフォンからスマホへの切り替えを促すメールの配信にも活用。ランダムに配信するより、反響は2倍程度大きかったという。

 この先、通信料収入だけでは大きな成長が見込めないという危機感の中、事業の幅を広げるドコモにとって、予兆モデルのさらなる高度化は不可欠だ。

              

 今後は、メールのレイアウトやビジュアルなど“見せ方”にも一層の工夫を凝らす。文面は一緒だが、レイアウトがそれぞれ異なる販促メールを顧客に出し分けるなど、個人に適した文章とレイアウトを模索する。

 ドコモの白川貴久子執行役員は、「もはやデータを使わないと損という時代に入った」と言い切る。

ソフトバンク 「人流データ」を外販


 ソフトバンクは、スマホのアプリケーション(応用ソフト)で取得した位置情報などをもとに、人の移動行動を追った「人流データ」の外販に乗り出した。アプリを開発したのは、ビッグデータ分析を手がける傘下の「Agoop(アグープ)」(東京都渋谷区)。ユーザーが今いる場所から1番近いラーメン店を探せるアプリ「ラーメンチェッカー」などを複数提供する。

 こうしたアプリで得た情報は当初、通信品質の改善のために使っていた。ユーザーのネットワーク環境を分析して、最適な基地局の設置などに役立ててきたという。しかし同社はこのデータをビジネスにも生かそうと、地図やグラフで人の流れを可視化するサービス「Kompreno(コンプレノ)」を開始した。

 どこからどこへ人が移動したかを高度に分析し、観光業や防災など、さまざまな分野にデータ提供している。現在、約250カ国・地域で月180億件のログデータを取得。アグープの柴山和久社長は、「世界の人の流れを把握している」と力を込める。

 携帯電話市場では、10月に楽天が第4のキャリアとしてサービスを始める。楽天の三木谷浩史会長兼社長は「携帯業界に新風を巻き込みたい」と意気込み、顧客獲得に向けて自信を見せている。

 競争が一層激しくなる中、顧客情報にひもづいて長年蓄積してきた高精度で高品質なデータは、本来なら大きな財産だ。しかし、これまで十分に活用してきたとは言いがたい。携帯キャリアは回線を提供するだけの「土管屋」と揶揄されることも多いが、こうしたデータの利活用が今後の成長のカギを握りそうだ。

ソフトバンクはスマホアプリをもとに電波改善を実施。赤が改善が必要な地点

(文=大城蕗子)
日刊工業新聞2019年1月8日
葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
ヤフーのECサイト「ヤフーショッピング」の担当役員の方は以前、「(データを基に利用者の趣味・嗜好(しこう)に適した商品を紹介する)パーソナライズ化でECサイトの質は変わる。パーソナライズ化されていない状態の順位は、まだまだ変えられる」と強調していました。アマゾンと楽天を追う立場ながら、パーソナライズ化の精度の肝になるデータ量について、ヤフーは他社に比べて優位と自負している発言です。データ活用によるサービスの競争力アップの可能性はECに限らず、携帯大手が提供するあらゆる非通信サービスに言えるのだろうと改めて思います。

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