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「大衆薬」M&A活溌化、本当の狙い

欧米大手は新薬集中、日本勢は?
 欧米で一般用医薬品(大衆薬)ビジネスをめぐるM&A(合併・買収)が活発化している。英製薬大手グラクソ・スミスクライン(GSK)が米製薬大手ファイザーと合弁会社の設立を決めるなど、大規模な案件が相次ぐ。日本でも大正製薬がフランス企業の買収を決断した。一方、有識者からは医療用医薬品を主力とするメーカーが大衆薬事業を持つ意味はあるのかとの疑問も聞かれる。国内製薬各社は競争環境が変わる中、自らの生き方があらためて問われる。

将来的には売却?


 「(医療用の)新薬の開発難易度がどんどん上がり、かつ、開発コストが高くなる中で(医薬品メーカーは)資金調達が必要になっている。大衆薬を切り離して資金を得て、それを新薬の開発につぎ込むような“選択と集中”の動きがある」。ローランド・ベルガー(東京都港区)の服部浄児プリンシパルは、欧米の製薬業界で大衆薬事業をめぐるM&Aが頻発している背景をこう解説する。

 各社の決断は2018年に相次いだ。3月、英GSKはスイス製薬大手ノバルティスとの大衆薬合弁事業について、ノバルティスの持ち分36・5%を130億ドル(約1兆4300億円)で買収すると発表。6月に買収を完了した。

 また、独化学・医薬大手メルクは4月、消費者向け健康関連事業を米消費財大手のP&Gに約34億ユーロ(約4500億円)で売却すると明らかにし、12月に売却した。

 GSKの動きはさらに続く。12月、米ファイザーと大衆薬事業を統合し、合弁会社「GSKコンシューマー・ヘルスケア」を設立することで合意した。同社へはGSKが68%、ファイザーは32%を出資。統合は19年後半に終わる見通しで、統合後は22年までに年間5億ポンド(約700億円)のコストを削減できるという。

 ただ、ローランド・ベルガーの服部氏はGSKの狙いを「将来的には大衆薬を売却し、その収入を新薬に向けるのでは」と分析する。GSKは実際、統合完了後3年以内に新会社を英国で上場させる考えを示している。

投資分野探す


 クレディ・スイス証券の酒井文義ディレクターも「GSKは塩野義製薬と一緒にやっているエイズ領域の事業が利益面ではかなりの比重を占めるが、今後は特許切れや競合激化で安泰ではない。

 これがピークアウトする前に大衆薬を再編して安定化させ、次(に投資する分野を探す)というスタンスだと思う。(短期的には大衆薬事業の拡大で)配当を維持する原資も得られる」と指摘。やはりGSKの本丸は医療用医薬品事業のようだ。

 欧米大手とは目的が異なるものの、大正製薬も大規模なM&Aに踏み切った。12月、米製薬大手ブリストル・マイヤーズスクイブ傘下のフランス医薬品企業UPSAを16億2000万ドル(約1823億円)で買収すると発表。19年6月下旬までに買収完了を見込む。

 大正製薬は国内で主力のドリンク剤「リポビタン」が苦戦。医療用医薬品事業も後発薬に押されて厳しい状況だ。UPSA買収で欧州の大衆薬市場に参入し、収益源を拡大する狙いがある。

 従来、大正製薬は日本以外ではインドネシアやタイなどで一般薬事業を展開。「アジアにおける企業統治や事業運営は、だいぶ軌道に乗ってきた」(上原健副社長)。これに加えてアジアとは離れた拠点を持つことで、海外事業の成長が期待できると考えたという。

 ただ、親会社である大正製薬ホールディングスの海外売上高比率は19年3月期に12・1%の見通し。「大正製薬にグローバルでマネジメントができる人材は潤沢でない。

 同社の報酬体系に収まらないような、能力が高い人の確保が必要」(ローランド・ベルガーの服部氏)との意見もあり、買収後の統合プロセス(PMI)には困難が予想される。

 それでも大正製薬が大きな決断を下したことで、他メーカーにM&Aの機運が波及するかは注目される。焦点の一つは、欧米のように、医療用医薬品を主力とする会社が大衆薬事業を切り離す事例が出るかどうかだ。

 宣伝が厳格に規制される医療用とは異なり、大衆薬はテレビCMで消費者にメーカー名を含めた訴求ができる。だがクレディ・スイスの酒井氏は「(CMなどで)前面に出るのは、『アリナミン』など製品のブランド。会社名はその後になってしまう」ため、“広告塔”としての効果は限定的だと指摘する。

 日本では将来、社会保障費の膨張を抑えるために保険償還可否の判断が厳しくなり、消費者の自己負担で購入する品目が増える可能性はある。この観点から大衆薬事業を持ち続けた方が良いとの見解を示す業界関係者もいる。

 しかし「(一度大衆薬事業を手放した後に)そういう世界が来たら、買い戻せばいいだけの話」(ローランド・ベルガーの服部氏)とも言える。国内各社は複合的な観点での判断が求められる。

専門家の見方


●日系同士の合併難しい
<クレディ・スイス証券 株式調査部ディレクターの酒井文義氏>

 大衆薬はローカル色が強いビジネスであり、大正製薬がリポビタンを欧州で拡販するモデルは考えにくい。フランスの事業は確立されており、今後大きく市場が伸びる感じではないが、安定的でリスクが少ないと認識したのかもしれない。

 日本メーカー同士のM&Aは、なかなか難しい。国内大衆薬市場はドリンク剤の占める割合が大きく、(買収に伴って複数の)ブランドが“共食い”になると利益がかなりやられるはずだ。かぜ薬も同じことが言える。

●医療用と相乗効果ない 
<ローランド・ベルガー プリンシパルの服部浄児氏>

 (大衆薬メーカーの販路である)ドラッグストアは再編が進み、購買力が高まっている。製薬企業側も規模を大きくすることで交渉力を拮抗(きっこう)させる効果が期待できる。小さい会社が日本には山ほどあり、個々の生産性は低い。

 医療用医薬品と大衆薬とではビジネスモデルが全然違い、両方持つ利点はあまりない。大衆薬のCMを流せると人材採用に有利だと言う人もいるが、優秀な科学者はブランドイメージよりも研究環境や報酬で動くものだ。

(文=斎藤弘和)
日刊工業新聞2019年1月1日

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