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中国は過熱すぎて、ベンチャー投資家は日本に興味を持ち始めている

500 Startups Japanジェームズ・ライニー氏「時期尚早のIPOよりもっと大きな市場を狙え」
中国は過熱すぎて、ベンチャー投資家は日本に興味を持ち始めている

ジェームズ・ライニー氏

 米国シリコンバレーを本拠地としながら、世界60カ国で活動し、スタートアップのアクセラレーターおよびシード投資ファンドとして名を馳せる500 Startups。日本でベンチャーキャピタリスト(VC)として活躍し、500 Startups Japanの代表兼マネージングパートナーを務めるジェームズ・ライニー氏に、日本のスタートアップシーンの将来性や、米国・中国に学ぶ点などを聞いた。

良いサイクルになってきた


 ―500 Startups Japanが2016年2月に設立されて約3年。その間に日本のスタートアップを取り巻く環境はどう変わりましたか。
 「良い方に変わってきていると思う。2016年の年間ベンチャー投資が2000億円近くだったのが、2017年は約3000億円に増えた。シリコンバレーや中国の友達に話すとまだ規模が小さいと指摘されるが、それでも1年で大きく成長している。長期的な視野に立った投資家や成功事例が増え、10、20億円の資金調達ラウンドが出てきたことも大きい。良いサイクルになってきた。優秀な人が起業し始め、お金が集まり始めた、という「フェーズ1」(第1段階)が進んでいる」

 ―とはいえ、中国では日本が比較にならないほどの勢いでスタートアップを生み出し、世界をリードするような企業も出てきている。日本が中国から学べるものはありますか。
 「学べる点はたくさんある。まず中国では投資資金がちゃんと集まってくる。それと、中国や米国では会社がかなり大きな規模になってから上場させる。ハイパーグロース(超成長)モードを狙って赤字を放っておくのがベンチャーとしては当たり前だからだ。その間に大きなマーケットを取りに行くという考え方なのだが、日本ではIPO(新規株式公開)を目指す会社が多い。利益よりまずマーケットとの認識が遅れている。確かにキャッシュリターンは早いかもしれないが、その代わり評価額が数千億円規模のユニコーン企業が少ない。英語で言うとPremature IPO(時期尚早のIPO)。日本のスタートアップや投資家はもっと忍耐力を持ってほしい」

 ―投資家としては、日本より中国というトレンドになってしまいかねないでしょうか。
 「それはあるが、実は中国はホット(過熱)すぎて、逆に日本に興味を持ち始めている。中国の有名な投資家から自分のところに「日本はどう?」と連絡がきたりする。中国のベンチャー投資が危ないというより、企業の評価額が高すぎる。メルカリの上場などを見聞きして、日本にも良いディールがあるかもしれないと感じているようだ。中国だけでなく米国からも連絡をもらうようになった。世界の中で日本のスタートアップ市場の知名度は確実に上がっている」

 -日本のスタートアップではどういう分野が有望とみていますか。
 「IT化が遅れているレガシー領域だ。例えば物流関連やリーガルテック(法律関連のIT企業)。法律は紙に頼り、弁護士に依頼すると高額の料金を請求される。それに対し、リーガルテックではアソシエイト弁護士の仕事をソフトウエアで代替していくもので、米国で盛り上がっている。あとは政府・自治体関連の仕事をIT化するガバメントテック(ガブテック)。政府・自治体関連のシステムは技術的に後れており、SaaS(サービス型ソフトウエア)化すればより良いプロダクトができると思う。日本でもガブテックがけっこう出てきていて、チャンスはある」
 

世界を目指すうえで必要なもの


 -グローバル化や人材のダイバーシティーも世界市場を目指す上で不可欠でしょうか。
 「本当にグローバルで戦いたいビジョンがあるなら、最初からグローバルでやっていける基盤を作る必要がある。ありがちなのが、まず日本人だけを採用し、日本語しか通じない組織にしておいて後から外国人を採用するやり方。これだとほとんどうまくいかない。コミュニケーションコストがかかり、カルチャーのミスマッチが発生したりする。うちの投資先で宇宙通信インフラを手がけるインフォステラは創業者2人とも日本人だが、最初からグローバル市場を狙ってる。なぜなら宇宙はすでにグローバルだから(笑)。初めから英語でやり取りできる組織を作り、いまは半分くらいが外国人になっている」

 -一方で、ユニコーン企業を増やしていく上で日本に足りない点は何でしょう。
 「そもそもユニコーンとは非上場のプライベート企業を指すが、実は日本の場合、上場してからの評価額が1000億円を超える会社は日本にたくさんある。そうしたことから、皮肉交じりに「日本のIPOはシリーズB(事業として成功させることを目的とした投資ラウンド)」と言われることもある。IPOを仮にシリーズBとすると別の風景が見えてきて、1000億円を超える企業はけっこうある。ただし、上場後の資金調達は難しい。繰り返しになるが、日本のスタートアップや投資家はもっと忍耐力を持ち、未上場で大きな調達を重ねて、育てていくことが重要だ」

J-Startupプログラムで循環を


 ―世界展開を目指すスケールの大きなスタートアップを官民挙げて集中的に支援する「J‐Startup」プログラムが始まりました。
 「海外展開については本当に役に立つのかわからないが、政府のバックアップは重要だと思う。特に日本の場合、政府がスタートアップをプロモーションしてくれれば、優秀な人が起業してくれるし、お金も集まりやすい」

 ―米国などでは政府がやらなくても自発的にお金が集まってきていますが。
 「日本はたぶん、年間のベンチャー投資が1兆円くらいになれば、勝手に伸びていくのではないか。それまではこうした仕組みを使いながらサイクルを回さなくてはいけない」
                 
神崎明子
神崎明子 Kanzaki Akiko 東京支社 編集委員
今年1年「METIジャーナル」をご覧頂きありがとうございました。1月の政策特集は「知財で未来を切り拓こう」です。来年もよろしくお願いいたします。

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