バーチャル時代に“リアル”の逆襲、双眼鏡ブームはなぜ続く?

キヤノンやビクセン…メーカーは仕掛け人ではなかった!

ビックカメラ新宿西口店の荻山麻美主任

 双眼鏡人気が続いている。約5年ほど前にコンサート会場へ通うアイドルファンの間で火がついたのがきっかけだ。4K・8Kの高精細映像や仮想現実(VR)システムといった高い臨場感の映像を楽しむ手段が増える中、これとは真逆の双眼鏡ブーム。参加交流型サイト(SNS)をきっかけに“リアル”の魅力を伝える道具として存在感を高めている。  「ビデオからブルーレイ画質に変わったみたい!」。キヤノンのイメージコミュニケーション事業本部ICB光学事業部の島田正太氏は、SNS上のこんなつぶやきに、思わず膝を打った。  同社の手ぶれ防止機能付き双眼鏡(防振双眼鏡)を手にしたユーザーの感想だ。防振双眼鏡は手ブレで像がぼけることを防ぎ、薄暗い中でも見やすい。つぶやきは、「どんな宣伝文句よりも魅力を表現していた」(島田氏)。  双眼鏡ブームは、13年頃ユーザーのブログが始まりと言われ、SNSで拡散し、今も人気は衰えていない。キヤノンは、防振の小型3機種の国内販売が5年前に比べ約3―5倍になった。ビクセン(埼玉県所沢市)はコンサート需要での売上高は5年前に比べ1・9倍。ニコンも需要は伸びていると話す。  特にジャニーズのコンサート前、会場近くの店舗は通常とは違う売れ行きという。メーカーの営業担当者がジャニーズのコンサート予定を把握し、近隣店に在庫を多く積むのは今や常識だ。ビクセンの都築泰久取締役企画部長は、「嵐のコンサート前が最も売れる」と話す。  双眼鏡人気の拡大はSNSの力に寄るところが大きい。各社のカタログには倍率やレンズ有効径、視界、特殊コーティングなどの情報が満載だが、普通の人にはわかりにくい。同じアイドルのファン同士の「双眼鏡でどの会場で誰を見てよかった」という感想の方が価値は伝わる。  目当てのアイドルはどんな衣装やアクセサリーを身に着けているのか。汗のしたたる様子も見たい。ファンのこんな希望に、双眼鏡は応える。売れ筋は数万円台と高価だが、熱心なファンは遠方で開催されるコンサートにも駆けつける。全体的な投資を考えれば、数万円でアイドルを近くに感じられるなら数万円は“買い”なのだ。  ビクセンの都築取締役は、「ジャニーズのコンサートでトークショーが始まると、皆が一斉に双眼鏡を構えた」とうれしそうに振り返る。アイドルが動き回らないトークショーの時間は特に双眼鏡が活躍しているようだ。  高価な双眼鏡は一度購入すると頻繁に買い替えるものではない。それにも関わらず、双眼鏡の好調な売れ行きは5年ほど続いている。ビクセンの都築取締役は「アイドルファンは入れ替わっている。新しくファンになった人が買ってくれている。人気アイドルがいる限り、双眼鏡は売れる」と断言する。また、まだ全ての人が双眼鏡を体験したわけではない。ビックカメラ新宿西口店カメラコーナーの荻山麻美主任によると数千円台の製品から、よりくっきり見える高価な製品への買い替えも多いという。  音楽CDの販売が鈍っていることもあり、アーティストもコンサートに力を入れている。これが、さらに双眼鏡販売の追い風となっている。アイドルと双眼鏡は相思相愛の関係と言えそうだ。  SNSは製品開発にも役立っている。ビクセンの「アテラ防振双眼鏡」は、SNSのコメントを参考に、まさにコンサート需要を狙って開発した。電池を除いた重さはわずか422グラム。外装にプラスチックを採用し、見やすい範囲で最も小さな有効径30ミリメートルのレンズを選んで軽量化した。  中身の構造は武骨だが、女性が利用するため外側は持ちやすく、なめらかなデザイン。「右手に双眼鏡、左手に“うちわ”を持てる」と、総合管理室マーケティングチームの坂口直史係長は笑顔で語る。  色も女性社員が発案したベージュを採用。特定のアイドルをイメージする色ではないため、使いやすい。同社男性社員からの前評判はいまいちだったそうだが、売れ行きは上々だ。  キヤノンはデジタルカメラなどで培った技術を双眼鏡にも投入している。手ぶれ補正もその一つ。双眼鏡の「10×32IS」などに搭載した補正機能「パワードIS」は、SNSもヒントになった。1回ボタンを押すと、5分間手ぶれ補正が続く。押した時だけ手ぶれ補正する既存品では、ユーザーが弁当箱を止める“ゴムバンド”で押し続けるように工夫し、SNSで公開されていた。こうした手間をかけずにすむ。  キヤノンでは、「超望遠レンズを担当していた技術者が、双眼鏡の開発をすることもある」と、同事業部の家塚賢吾課長は話す。さまざまな光学設計のノウハウを持つ人が各担当を行き来し、知見を深めている。  また、何枚ものレンズで構成する双眼鏡は、すり合わせ技術の世界そのものだ。光学技術開発拠点の近くには工場があり、生産技術者と交流できるのも強み。「写真で評価するカメラと違い、双眼鏡は人の感覚が大事。公園で皆で葉っぱを観察して『あーだこーだ』と言い合っている」(家塚課長)。  幅広い光学製品を展開するニコンが、創業翌年の1918年から手がけたのは双眼鏡の開発だった。高価格帯商品に強く、売れ筋の一つの「モナークHG」シリーズの価格は消費税抜きで10万円超。ボディーの材質にマグネシウム合金を使って丈夫さと軽量さを両立した。「最近は持ちやすさや重心バランスも進化し、使いやすさが格段に向上している」(ニコン)という。  今後も双眼鏡の進化は続く。キヤノンの家塚課長は、「今の技術と発想を持ってすれば、いろいろなことができる」と意気込む。ビクセンの坂口係長は「今バーチャルな世界が増えているが、我々はリアルが命。双眼鏡で現場の感動を伝えたい」と願う。  

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