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デザイン思考の伝道師が説く、イノベーション創出でリーダーに求められること

連載「デザイン思考と日本流イノベーション」(上)
デザイン思考の伝道師が説く、イノベーション創出でリーダーに求められること

パナソニック100周年イベントで講演したブラウン氏(右)

 イノベーションを創出するための思考法として、人間(ユーザー)を中心として物事を考える「デザイン思考」が日本企業にも広まってきた。開発や企画の担当者らが課題解決や新しい価値づくりに利用している。何がポイントで、どうしたらうまくいくのか。デザイン思考をビジネス界に広めた“伝道師”の語った言葉と、日本に合わせた実践研究を上下2回に分けて紹介する。

誰もがクリエーティブになれる


 「多くの人は自分が『クリエーティブではない』と思っているが、イノベーションを生み出すには全員がそうならなくてはいけない。なれる」。デザインコンサルタント大手、米IDEOのティム・ブラウン最高経営責任者(CEO)は、10月下旬のパナソニック100周年イベントで来場者に呼びかけた。IDEOは米スタンフォード大出身者らが設立し、デザイン思考をビジネス界に広めた企業として有名。ブラウンCEOは、デザイン思考の“伝道師”とも呼ばれる。

 そもそもデザイン思考とは何か。よくある説明は、デザイナーがアイデアを生む時の思考プロセスを体系化し、全ての人も優れたアイデアを生み出せる思考方法。ブラウンCEOは、「デザイン思考は、人間中心の考え方。人が何を考えているかをビジネスに入れることだ」と説明する。人々や社会はどう思っていて、どう行動するか。そこにある課題をどんなテクノロジーなら解決できるかを考えることだという。

 概念的だが、事例を知るとわかりやすい。例えば、駅のホームにある電車に対して真横を向いたベンチ。これはホームからの転落事故を減らすため、デザイン思考を活用して考案された。酔客がホームに転落する様子を観察すると、ベンチから立ち上がり、ふらふらと歩いてそのまま落ちていた。そこで、ベンチを方向を90度回転させた。こうすれば、酔客がベンチから立ち上がって歩いても、ホームから落ちない。人の行動を中心に考えたから出たアイデアだ。何より対策にお金もかからない。

 課題解決に加え、新しい技術も人の行動や考えに合わなければ社会に浸透しにくい。「www(インターネット上のハイパーテキストシステム)からフェイスブックの誕生まで時間がかかったのは技術中心の考え方だったからだ」と指摘する。www時代にインターネット上での情報発信は専門知識が必要だったが、誰でも使えるフェイスブックは状況を一変させた。米IDEOは、米アップルの最初のマウスのデザインから仕事が始まった。ラップトップコンピューターも手がけた。この2製品が、人が直感的に使えるデザインでなかったら、パーソナルコンピューターの普及は遅れていたかもしれない。

正しい問いはアート。リーダーの役割


 デザイン思考を実践するプロセスは、(1)理解と共感(2)問題の定義(3)アイデア発想(4)プロトタイプ&テスト(テストを5段階目とすることもある)で、これを何度も繰り返す。多くのアイデアを出し、素早く試して、アイデアの拡散と収束を繰り返す。シンプルだからこそ難しい。

 プロセスのいずれの段階も重要だが、ブラウンCEOは「世界で意味のある違いを創り出すには、問い(問題の定義)は大きすぎても小さすぎてもいけない」と問題の定義の重要性を指摘する。問いが小さすぎれば、既存のものと大きくは変わらない改善で終わる。問いが大きすぎれば、アイデアの探索は難しい。「リーダーはいかに的確な問いを立て、チームを正しい方向に導くかが求められる。正しい問いは、まさにアート。何度もやってみなければならない」と話す。

「早く丁寧に」が得意な日本に期待


 新しいアイデアは、異なるコンテクスト(文脈や背景)を持つ人と会うことで生まれる。いつもと違う人に会い、外部の人と働くことも重要だ。しかし、だからといって「アイデアを大事にしすぎてもいけない」。アイデアを多く探索し、早く試すことが必要だと説く。

 デザイン思考をやりたい人には、何より「好奇心を持ち、実行することが重要だ」と断言する。「私たちは次の会議や家庭のことを考え、いつも半分目を閉じて仕事をしているようなもの」と指摘。目を完全に開き、なぜこのようなことが起き、なぜ世界は機能しているのかなどを考える。こうして視界を広げてを考え始めると、「違うアイデアが浮かび、違う世界が見える」という。

 一方、同社はシリコンバレーとともに発展してきた企業だが、「シリコンバレーはスピード重視だが、それは良くない。将来を考えると、『早く丁寧に』が重要」と語る。今後、世界の目指す方向とされる循環型経済を達成するには、いろいろな事が関わるため、日本の得意な“工夫”が求められる。「日本が思慮深い形でリーダーシップを発揮してほしい」と今後の日本に期待を寄せた。

連載(下)「【慶大×ローランド・ベルガー】日本がデザイン思考を使い倒すには?」へ

ティム・ブラウン氏
日刊工業新聞2018年11月15日掲載から加筆・修正
梶原洵子
梶原洵子 Kajiwara Junko 編集局第二産業部 記者
開発や企画をする人には、耳にする機会も多くなった「デザイン思考」。実は、開発や企画だけでなく、誰もがクリエイティブになれるために考えられたものです。人事やマーケティングに利用する企業もあるそうです。実践すると難しさもあるのですが、そもそもデザイン思考とはどんなもので、何に気をつければいいのか。初めて知る人にも、実践したことがある人にも、何かのヒントになればうれしいです。続きは明日、慶應義塾大学とコンサル大手のローランド・ベルガーの話を掲載します。

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