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デジタル化は国家の概念を変革する!デンマークやエストニアが描く未来

電子政府先進国から日本が学ぶべきこと
 行政手続きや事業活動など社会全体でデジタル化を進める動きは世界的な潮流だ。各国がそれぞれの歴史的な背景や社会構造を踏まえ、新たな国の「かたち」を描きつつある。

サービスの分かりやすさが命


 国連の経済社会局(UNDESA)が発表した「世界電子政府ランキング」。デジタル化が進展する加盟国として、2017年の9位から2018年は首位に躍進したデンマーク。政府関係者は「市民と政府の間のコミュニケーションをデジタル化すると義務づけたことが何より大きな推進力となった」と振り返る。

 同国では、行政サービス用のポータルサイトが整備され、利用者は窓口に出向くことなく、自宅のパソコンからさまざまな手続きが可能だ。一部の特殊なケースを除き、行政と市民はオンライン上の電子私書箱を通じてやりとりすることが義務づけられており、公的文書が郵送されることはない。そこには「シンプルさと分かりやすさ」という理念が貫かれている。

 とかく、データの取り扱いは、官民でばらばらといった構造に陥りがち。しかし同国では、民間が提供する使いやすいプラットフォームを通じて、利用者が政府などに対し、どこまで情報提供するかを判断する、利用者目線の仕組みが構築されているのが特徴だ。

 加えて、法律の作成や制度の設計過程から、デジタル社会に適合しているかという視点が色濃いことも、社会システムに迅速に組み込まれ、施策効果の発揮につながっている。

国家の存亡を支えたデジタル化


 デジタル化は、国家や国境といった概念さえ覆しつつある。バルト三国の最北に位置するエストニア―。九州ほどの面積に130万人が暮らす同国は、先進的な施策を次々と打ち出している。

 その背景には、長年のソ連(当時)による支配で疲弊した財政を行政サービスの効率化によって立て直す必要に迫られたことに加え、いまなお、ロシアの脅威にさらされている小国ならではの強い危機感がある。

 とりわけ広く知られるのは、「e-Estonia(イーエストニア)」と呼ばれる電子政府化の取り組みだ。同国では15歳以上のすべての国民にデジタルIDカードが発行され、これを利用することで教育や医療、選挙まで、ほぼすべての行政手続きがインターネットで完結する。そしていま―。電子化の恩恵は外国人にも及んでいる。

 2015年に始まった「e-Residency(電子居住)」と呼ばれる制度は、国外に住む外国人にインターネット上で自国民に準じた行政サービスを提供するもので、利用者は国外にいながらにして、企業の設立や運営、納税手続きを行うことができる。

 同制度に基づき設立された法人数は400を超え、デジタル上の「人口」にあたる電子居住者数は150カ国、約3万5000人に上る。国外から投資を促進し、経済成長につなげると同時に、企業や要人を取り込むことで、国際世論への影響力を強め、国を守る狙いもある。ローマ法王やドイツのメルケル首相、安倍晋三首相も電子居住権を持つ。

 そんなエストニアで現在、進められているのは政府のデータと行政サービスのシステムを世界中の大使館内のサーバに分散する「データ大使館」構想である。サイバー攻撃への対処に加え、万が一、領土が侵略されたとしてもデータとサービスを分散しておけば、国家の機能を保つことができるー。ここにも、やはり安全保障上の戦略が透けて見える。
先端的な施策を相次ぎ打ち出すエストニアの経済通信省

テック人材が政府をハックする


 テクノロジーの進展が「国家」や「国境」といったこれまでの国の概念さえ覆しつつある現状は、行政組織のあり方そのものにも変化を及ぼしている。「政府は行政サービスのプラットフォームである(Government as a Platform)」といった考え方やITに精通した民間人材の登用とアジャイル開発の積極的な取り入れの動きはその一例である。

 デジタルガバメントという概念を打ち出した先駆けである英国は、キャメロン首相時代の2011年に首相府の元にGDS(Government Digital Service)を設置。10名ほどでスタートした組織は今や500名を超える大所帯だ。

 初代トップは地元メディア、ガーディアン紙のデジタル部門のトップだ。 米国ではオバマ大統領時代に、民間出身のデジタルテクノロジーの専門家を集めた大統領府直属のタスクフォースであるUSDS(US Digital Service)を設立。そのエンジニアリング・ディレクターにグーグルのマット・カッツ氏が就任したことは話題を集めた。

2011年設立の英国GDS


 シンガポールも同様だ。首相府直下に「GOVTECH」と称する組織を設置。「Smart Nation」構想を掲げる同国は、民間からエンジニアやデザイナーを採用。自前で行政サービスのデジタル化を推進する体制を構築している。

 これらの国に共通するのは、行政デジタルサービスの「内製化」だ。IT人材と行政官のハイブリッドな組織体制を構築することで、ユーザー視点に立ったサービスをアジャイルに開発していく。これは「対応が遅い」といった行政のカルチャーそのものを変えて行くための仕組みでもある。

 経済産業省では今春、各国のデジタルガバメントの最新事情を調査するため、複数名の職員が手分けして欧米、アジアの10カ国を訪問した。さまざまな取り組みを進める諸外国の動向から、何を感じ取ったのか―。

 ある一人はこう語る。「『国が頑張る範囲』と『民間に頼るべき範囲』を明確化し、民間のノウハウを活用することも、日本のデジタルガバメント構築へ向け必要な視点ではないか」。これは、デンマークのように社会における官民サービスの連携を進める事例、あるいは英米などのように政府内に民間IT専門人材を登用して内製化を進める事例、双方に当てはまる見方だろう。

 海外のデジタルガバメントのトップランナーから学び、それを日本にあった形で取り入れることで、国内の行政のデジタル化がさらに加速する効果が期待される。
英国GDSでは各省との混成チームによるデジタルサービス開発にも取り組む
神崎明子
神崎明子 Kanzaki Akiko 東京支社 編集委員
次回は程近智アクセンチュア相談役に経済界の視点からデジタルガバメントへの期待を聞きます。

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