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ビジネスの勝算は小ささと立地にある? ミニシアター・アップリンク吉祥寺12月完成

シリーズインタビュー「企画」#4
ビジネスの勝算は小ささと立地にある? ミニシアター・アップリンク吉祥寺12月完成

アップリンク代表・浅井隆さん

 今年12月に、東京に新しい映画館ができる。
 吉祥寺パルコに入る「アップリンク吉祥寺」。29席から98席までの5スクリーンのミニシアターだ。
 アップリンクの始まりは、浅井隆さんが1987年に立ち上げた映画配給会社。現在の主な拠点「アップリンク渋谷」は、ギャラリー、物販コーナー、カフェが併設されたミニシアターとして、様々なカルチャーを発信している。
 ミニシアターのビジネスモデルは興味深い。シネコンとはキャパシティや上映作品が大きく異なるため、当然、ビジネスを行なっていく上での考え方や上映作品を選ぶ時に重要視するポイントが異なる。また、アップリンク吉祥寺の共同経営を行うパルコは、すでに自社の映画館があるにもかかわらず、なぜアップリンクと組むのか?
 その辺りを解き明かすため、今回、浅井さんに「吉祥寺に新しい映画館をつくる理由」「パルコに力説した収支計画書」「クラウドファンディングによる資金調達法」「上映する作品を選ぶときに重要視すること」などを聞いた。今回は前編
(文・平川 透、写真・北山哲也)

「小さいことは良いことだ」


 ーアップリンク渋谷はどういう映画館ですか?

 まず、小さいんだよね。ミニシアターって言われている映画館も100、200席はある。サイズ的にはミニシアターよりも小さくて、アップリンクは40〜60席。手作りっぽいし、座椅子が置いてたりして部屋っぽい映画館。生まれた時からシネコンで映画を見ることが普通だった世代からすると、「え、こんな映画館あるの?面白い!」って感じだろうね。

 3スクリーンしかないけれど多様な作品をやっている。物理的には1スクリーンで一日朝から晩まで平均5回ないし6回上映できる。3スクリーンあるので、多い時は1日15作品やってる。

 また、うちの場合は「二番館」(ロードショーでの上映が終わったもの)の作品を上映しているケースが多い。インディーズ作品であれば、アップリンクが最初の上映場所になることもあるけれど、割と二番館の作品を上映している。

 ー吉祥寺パルコでオープン予定のアップリンク吉祥寺はどんな映画館になるのでしょうか?

 全部で5スクリーンあって、一番小さいのは29席。渋谷よりさらに小さいんだよね。3スクリーンくらいにして、一番小さいスクリーンでも60、70席にしようと思えば、設計上はできた。でもあえて、29席を作って5スクリーンにした。「小さいことは良いことだ」という思想は、吉祥寺でも引き継いでいるね。

 ー5つのスクリーンの席数は、29席から98席までありますが、どう使い分けるのですか?

 例えば今年3月にオープンしたTOHOシネマズ日比谷でも、400席がある一方で98席があるでしょ。TOHOは入る作品は400席のスクリーンでやる。アップリンクは絶対入る作品は98席でやると。29席のスクリーンを作ったのは、例えば、最初98席でやったものを4、5週経ったら、50席くらいのところに移してもう何週間かやると。50席が一番小さいスクリーンだと、そこで埋まらなくなったら上映が終わっちゃうよね。ところが、そこで29席があればさらに何週間か上映できる。

アップリンク吉祥寺の模型

 ークラウドファンディングを利用し、資金調達をしていますね。期限が今月末です。

 「オール・オア・ナッシング*」で2500万円目標ということでハードルを高く設けた。
*目標金額に達しなければ資金を受け取れない方式、一方「オール・イン」は集まった分の資金を受け取れる。

 集まらなかったらどうするの?ってよく聞かれるんだけど、集まらなくても映画館をやるってことは決まっているし、パルコとも契約しているし、もう造り始めているから、不安になってもしょうがない。親族からも借金するんだけど、達成できなかったら友人知人からさらに借金をするしかない。

 ーどうしてオール・オア・ナッシングにするのですか?

 えー…、なんか、こう、オール・オア・ナッシングじゃなくてオール・インであれば、応援していただいた額は使えるってことなんだけど…、緊張感がないというか(笑)ただ、これは余分な緊張感だよね、当事者としては。やってみると色々と大変だとわかった。もし達成したとしても、この大変さは、すぐにはまた体験したくはないなと思う。

 ー現時点で1800万円くらい集まってて、それはそれでいいんじゃないかと思ったのですが。

 大きい金額だよね。でも、オール・オア・ナッシングじゃなかったら、それくらい集まってたのかなと思う。

 「どうなるんだろう?」という感じで、みんな達成するのかどうか注目しているし、成功すればファンづくりにもすごくなる。

 ーファンづくりということで、オススメのプランってありますか?

 映画館に実際に来てくれる方ならば、5000円でコーヒーチケット10枚とか、30000円でマイタンブラーをプレゼントで、映画館にタンブラーを持ってきてくれれば1年間ソフトドリンクやコーヒーを無料で注ぎますよっていうプランがある。

 あと、地方在住で映画館にはなかなか足を運べないって方には、1万円でアップリンク配給の50作品を1年間オンデマンドで観られるコースがある。

見込み客の分析とビジネスとしての勝算


 ーそもそも、なぜ吉祥寺に?

 渋谷がある程度軌道に乗って来て、お客さんにも認知され始めた頃から渋谷以外にも映画館作りたいなとは前から思っていた。横浜だったり吉祥寺だったり。渋谷以外にも小さい映画館が欲しかった。

 ーどうしてですか?

 アップリンクは配給もやっているので、ビジネスとして上映する映画館が必要だということがある。7、8年前から、ミニシアターでかかるアート系の映画が、単館(1作品1箇所だけの上映)ではなく、「有楽町と渋谷」とか、「有楽町と恵比寿」という上映の形態が増えてきたんだよね。ロケーションごとに、ちょっと違う層のお客さんがいるわけで。だから、ビジネスとしては、あっちでもこっちでもやった方がいいでしょうと。

 ー吉祥寺という土地への思い入れは何かありますか?

 1987年に配給会社を作って、最初に配給した作品がデレク・ジャーマンという監督の「エンジェリック・カンヴァセーション」。吉祥寺のバウスシアター(2014年閉館)で上映してもらった。最初の配給作品の上映の地ということで言えば所縁はある。

 ー渋谷と吉祥寺ではお客さんは違いますか?

 全然違う。街に行けばわかる。一つ象徴的に言えば、(渋谷にはない)駅前駐輪場がある。自転車で駅のデパートに来るんだね。だから今度映画館ができるパルコ吉祥寺を中心に円を描けば、半径200メートル以内にマンションがあったり平屋の住宅地があって人が住んでる。吉祥寺はそこに生活している人が渋谷よりも圧倒的に多い。

 ーどういう人が見込み客になりますか?

 渋谷よりも、もう少し生活圏の中に映画館があるという想定。吉祥寺は近隣の住民が家族連れで来たりするだろうから、春休みや夏休みは子供向けの作品をやるだろうし、シニアの世代も多いだろうからそれに合わせた編成を考える。また、子供を持っているお母さんも見込める。子供が学校に行った後の昼あたりの時間は映画を観れるのでは。それに大学がいくつかあるから若者やカップルも見込める。

 もう一つの見込客は、映画ファン。映画ファンは、映画を観に行くためなら、移動する。吉祥寺と渋谷は、井の頭線では終点と始点だし、中央線で新宿からすぐ行けるので、そんなに苦を伴う移動ではない。都内では吉祥寺でしかやってないとなると、ファンであれば、千葉や横浜の人でも、吉祥寺まで来るかもしれない。

 吉祥寺は映画以外にも食事処や雑貨屋が多いし、井の頭公園は駅から数分で行けて、街としての魅力が高い。映画を観た後、街で過ごせる。あるいは井の頭公園で過ごした後に映画を観に行ける。

 こういうことで、映画館をあの街に作るというのは、勝算があるなと思った。
後編へ続く。10月22日、11時45分頃公開予定)

 後編では、「アップリンクとパルコと組む意味」や「ミニシアターがビジネスとして継続していくために重要なこと」などを掲載しています。

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http://plango.uplink.co.jp/project/s/project_id/74

【略歴】浅井隆(あさい・たかし)
アップリンク代表(http://www.uplink.co.jp/) 、webDICE編集長(http://www.webdice.jp/)。
1955年、大阪生まれ。74年、寺山修司氏が主宰する劇団「天井桟敷」に参加、舞台監督を務める。87年、アップリンクを設立。
アップリンク渋谷は、映画館に加え、ギャラリー、物販コーナー、カフェがあるカルチャースポット。2018年12月に吉祥寺パルコにアップリンク吉祥寺がオープン予定。
取材に臨むにあたり、映画やサブカルチャー本の編集に長年携わっておられる編集者・河田周平さん( Twitter: @shukawa )に貴重なアドバイスをいただきました。感謝申し上げます。

シリーズインタビュー「企画」

きかく【企画】…新しい事業・イベントなどを計画すること。(新明解国語辞典第七版より)

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ニュースイッチオリジナル
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
今、アップリンク吉祥寺のことや浅井さんの映画(館)への思いなどを色々なメディアが取り上げていて、面白い記事が多いです。こだわり抜いた椅子や音響のこと、オープンに合わせて行われるイベントのことなどなど、ぜひ見ていただければ…と書いたところで、そんなことアップリンクファンや映画ファンは百も承知だろうし、そもそもニュースイッチがアップリンクを取り上げたことは後発中の後発。取材前もどう差別化しようかと考えました。今回、前編・後編を通して、「小さな箱ビジネスの肝」が垣間見えるものになったと思っています。

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