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【特別インタビュー】未来学者・川口盛之助氏に聞く(5)ブランディング

製品の価値づくりではまだ2部リーグ/東京にスイートルームが足りない/MICEビジネスに勝機あり
 「材料関係で面白い相関のグラフを作ったことがある」

 —材料ですか。

 「出荷量と単価の関係を見ると、セメントから抗体医薬まで負の相関になっている。それを見ると、セメントのように毎年10億トン単位で出るけれどキロ2~3円程度というものから、数十キロしかつくらないけれど、キロ単価にすると数十億円というものまである。これを見るとヘロインとイリジウムが同じくらい(笑)」

 「一番安い土木建築用の素材系はセメントからアルミまでずっと上がっていき、次に構造材系のプラスチックがくる。一番高いプラスチックはポリイミドあたりで、耐熱度、物理強度から価値が高いが、精一杯頑張ってもキロ1万円くらい。それ以上値付けしようとしたら電気性能をつけるしかなくて、最先端の半導体チップを作るためのアルゴンフッ素のフォトレジストあたりがキロ200万円くらい。これが構造材系だ」

 「消費材系は、石炭からウランまでまず燃料があって、その次に飲み物がミネラル水から始まり、食べ物で一番高いサフランぐらいまできれいに一列に負の相関で並ぶ。サフランあたりから生薬の世界になってきて医薬品の系列へとつながる。薬で一番安くたくさん出ているのがアスピリンで、数万トン出てキロ1万円くらい。一番高い薬は年間100キロ程度しか作らないが、キロ数十億円というバイオ医薬がある。最も付加価値の高い素材とは、やはり命のかかっている医薬品だ」

 「何が言いたいかというと、主役技術が土木建築材からプラスチックになり、電気性能をつけて価値が上昇した。一方で燃料があり、飲み物があって、薬になり、それが化学合成型の低分子薬から培養型のバイオ医薬まで来た。主役技術が順番に変わっていて、これは付加価値そのもの。電気関連で一番高いフォトレジストと同じコストパフォーマンスのところに、高級ワインの『ロマネコンティ』がある。銀座で飲むと一本100万円くらいする。ワインは感性の世界で、世界一高いものになるとキロ1300万円まである。その辺りはほとんど飲むつもりがないだろうという投機の世界。同じようにコーヒーも普通に売られているコーヒーはワインと同じだが、ブルーマウンテンの先にはコーヒー界最高峰のコピールアクというコーヒーがある」

 —おいしいコーヒー豆だけを食べるジャコウネコを利用したあれですね。

 「実はマレーシアとかでは、檻の中でジャコウネコをたくさん飼い、コーヒー豆を無理無理食べさせて、そのふんからコーヒー豆を回収することで量産している。それでも年数十トン、キロ数万円する。こうした、いわゆる人文科学の液体の値段を決めているのは感性であり、性能ではない。年間1トンしか作らないというと零細企業でしかない。でも頑張ってブランディングをやって価格を5ケタ上げられるというのは、物語性というかブランドそのものを買っているということ。味だけでそんなに値段がつくものではない。自然科学的な意味での高性能な飲み物として医薬品がある一方で、人文科学的見地での付加価値を考えると、この聖水のようなものがあるわけだ」

 「こうしたことはとても重要で、さらに面白いことにワインでは年代物のほうが高値が付くという不条理がある。工業品ではあり得ない。総量が限られているので、レアメタルや先物市場に近い。工業関連の材料は、その時代時代の主役技術があって、そこを取らないと付加価値は追えない。一方でワインのような感性の材料は、ずるいような感じもするが、昔から豊かだった人ならではの価値であり、ぽっと出の人には作れない。それがさらに進むとマネーそのものが動くようになり、カーボンオフセットとかデリバティブとか『虚』の商品になる。つまりは付加価値の源泉は、ここに至って社会科学的なものになったということだ。自然科学、人文科学、社会科学の3つの科学と付加価値の関係性はこのように説明がつく」

ニュースイッチオリジナル
藤元正
藤元正 Fujimoto Tadashi
インタビューもいよいよ最終回。川口さんには幅広い分野について、さまざまな角度からじっくり語っていただきました。インタビューを通して感じたのは、日本企業は「優れた技術を開発し、いいモノを作れば売れるはず」という罠に陥っていないかという点。どう高収益のビジネスにつなげていくか、ブランドを確立していくかという視点が弱かったように思います。日本に世界の目が集まっている今こそ、ブランドづくりの好機かもしれません。

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