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千変万化のTDK、成長の秘訣は“連邦”統治

TDK・石黒成直社長「多様性が担保される“グッドスモール”を維持」
 電子部品業界の中でも、先駆的なM&A(合併・買収)を繰り返し、変幻自在に姿を変えてきたTDK。その変化と進化は現代の日本企業にとって模範的なスピードだ。2018年度から20年度に売上高1兆6500億円、営業利益1650億円超を目指す3カ年中期経営計画がスタート。スマートフォンや自動車などビジネス環境の変化に対応するため、さらなる変貌を遂げようとしているTDKの戦略を探る。

主体性引き出す


 「(買収した企業を)力で押さえつけてはダメだ。(本社と)競ったり、主体的に取り組んだりする環境を作りたい」―。
 買収企業の統治について、TDKの石黒成直社長は持論を展開する。“買収王”と称される日本電産の永守重信会長が買収後の統合プロセス(PMI)を徹底し、会社の名称を含めて徹底的に自社色に染め上げるやり方とは対照的な印象だ。本社の不要な介入は「事業や環境の変動に対応するために必要なスピードと感性を損なう」(石黒社長)と警鐘を鳴らす。

 M&A(合併・買収)や成長によって企業規模が拡大しても「ベンチャーのような事業の規模感や風土は大切だ」と石黒社長は強調する。実際、TDKではPMIを進めつつも、石黒社長は「ビジネスや開発の主導権を握らせたほうがいい」と語る。特に開発面では地域性を重視。日本と欧州、米国、中国、イスラエルの5拠点では、研究開発が不要な重複をしないように役割を設ける。日本は材料技術というTDK本来の強みを発揮。米国はシステムの開発やソリューションの設計など創造性を深耕する。外資系アナリストは「事業や地域ごとに成長を促す“連邦制”による統治だ」と分析する。

ATLの大躍進


 そうした環境で大躍進したのが香港子会社、アンプレックステクノロジー(ATL)だ。17年度の売上高は買収当時の約40億円から約3700億円に拡大。同社の技術を理解し、TDKが多額の投資に応え続けたことで、リチウムイオン二次電池のラミネート型では業界トップシェアに上り詰めた。

エプコスで苦い経験も


 一方で、TDKにはM&Aで苦い経験もある。独子会社エプコスの買収だ。名門企業である独シーメンスの電子部品部門を起源とする同社を08年に約1700億円を投じて買収。TDKとして最大規模の買収だったものの、ビジネス環境の変化によって採算が悪化。TDK本社から生産技術の精鋭をエプコスの拠点に送り込むことで13年頃からやっと黒字化が定着した。

 直近ではセンサーメーカー、米インベンセンスの買収が完了する前から、人材などの受け皿となる「センサシステムズビジネスカンパニー」を設置。同じ轍(てつ)を踏まぬように、技術部隊は先行して、交流を始めた。インベンセンスはベンチャーでありながら、機械学習を用いることで高度な設計を行う技術力を持ち、それはTDKにない要素でもある。センサー事業を将来の柱とするためには、インベンセンスの力を最大限発揮することが必須条件だ。

TDK・石黒成直社長「多様性が担保される“グッドスモール”を維持」


TDK石黒社長

 ―これまでの成長の過程で大幅な変身とも思える進化をなぜ起こせたのですか。
 「会社として多様性を持っているためだ。本社や子会社、買収企業などのアイデアや多様性を生かすことで、ハードディスク駆動装置(HDD)ヘッドや二次電池など世界的に競争力のある製品を生み出すことができた。目まぐるしいスピードで変化していく時代や環境に対応した製品を創出するためには、ベンチャーのような感性とそれを保ち続ける多様性が大切だ」

 ―具体的に現在の主力製品はどう成長させたのですか。
 「HDDヘッドや二次電池など事業の軸や現場の意見は尊重させダイナミズムを崩すことをしなかった。買収した企業にはベンチャーもあり、地域の独自性や組織、社員の満足感が共有できることを重視している。そうした多様性が担保される“グッドスモール”を維持することで、ベンチャーのような感性やスピードを保つことができると考えている」

 ―さらなる成長に向けて何が課題ですか。
 「企業買収によって子会社や関連会社が急速に増えている。その中で各社の独自性やスピードを大切にしていくことは機能として本社側がかじ取りする必要がある。そのため、本社のコーポレートガバナンス(企業統治)機能を一層高める。すでに7月からガバナンス体制を刷新。取締役会長を社外から招き入れ、コーポレートガバナンスを担当してもらう。また、目的が不明確な相談役は新任しないことを決定している。あらためてグローバルで戦っていく経営体制をここで整えた」

 ―日本の電子部品メーカーは世界的に強いですが、今後も競争力を高められますか。
 「電子部品は機能や製品を集約させることで製品の概念を覆してきた。例えばスマートフォンは今となっては電話という定義に収まらない。今後は車の分野でもそうしたプロダクトの概念が再構築されていくかもしれない。そういう意味で活躍できる場所は無限になるだろう。ただ、製品の汎用化によって差別化するポイントが失われていくことはリスクだ。そうなれば中国のメーカーなどとの単純なコスト競争に陥る可能性がある。そのため、技術革新があるところを求めて先駆的に攻める必要がある」
日刊工業新聞2018年7月25日、26日に加筆
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
TDK自体、フェライトの工業化に向けて生まれた大学発のベンチャー。今後もベンチャー風土を守りつつ、企業規模に応じた統治能力を発揮できるか。この究極のジレンマを埋めることこそ、経営者に求められる。

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