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ITの巨人が続々と参入

IBMもインダストリー4.0に積極的
ITの巨人が続々と参入

国内でも生産性向上に向けた取り組みが続く(積水ハウスの静岡工場ではロボット導入による省人化を推進)

 ドイツが国家プロジェクトとして推進する「インダストリー4・0(第4次産業革命)」。モノのインターネット(IoT)やビッグデータ活用などの新潮流と相まって、モノづくりに新たな革新をもたらす。米国でもIoTのコンソーシアムが相次ぎ誕生するなか、“巨人IBM”も動きだした。ドイツIBM社長として辣腕(らつわん)を振るい、2012年から日本IBMを率いるマーティン・イェッター社長は「事はすでに始まっている。新潮流への対応について、日本の産業界は政府と真剣に協議することが求められる」と言及する。(編集委員・斎藤実)
 
 ドイツがインダストリー4・0構想を打ち上げたのは11年の国際産業技術見本市「ハノーバー・メッセ」。当時、イェッター氏は米IBMの戦略担当バイス・プレジデントとしてニューヨーク本社にいたが、もともと技術者で独シーメンスを担当していたこともあり、インダストリー4・0が目指す壮大な構想に「気持ちが高ぶった」という。

 インダストリー4・0の中核概念は「サイバー・フィジカル・システム(CFS)」。部品や製造装置など生産プロセスのすべての要素にインターネット上の住所を示すアドレスを割り当て“見える化”するとともに、自律的にいろいろなモノをつなげる仕組みだ。クラウドサービスやビッグデータ分析なども組み合わせることで、意思決定の迅速化や柔軟性に加え、コストも最適化できる。
 
 目指す姿はIoT対応の「スマートファクトリー」。大手から中堅・中小企業まで多様な製造設備がネットでつながり、ドイツの産業全体が一つの工場となるようなイメージだ。多品種少量生産や顧客ごとのカスタム(個別対応)化も含め、ドイツはこうした動きを徹底的に推し進めていく。

 インダストリー4・0時代の到来は一般に「5―10年以上先」とも言われているが、工場間を結ぶインターフェースの標準化や「ユースケース(ユーザーの要求に対するシステムの振る舞い)」の策定に向けたツバ競り合いはすでに始まっている。

 IBMは今年3月に立ち上がったIoT関連の標準化団体「インダストリアル・インターネット・コンソーシアム(IIC)」の発起人として、ゼネラル・エレクトリック(GE)など米4社とともに名を連ねた。設立目的はテストベッド(実際の運用環境に近づけた試験施設)による実証を通してユースケースを定義し、IoTの産業利用の「リファレンスアーキテクチャー」を作ること。米政府もこれを後押ししており、3年間で100億円の予算を割り当てた。
 
 IBMはインダストリー4・0やIICも含め全方位で対応する。まずはリアルタイムに取得する稼働データから故障の発生を予測して生産設備や機械のダウンタイムを最小化する「プリディクティブ・メンテナンス(予知保全)」を軸にIoTの新規需要を掘り起こす。「革命は段階を踏みながら進む。緊急を要する分野や要件を解決することが先決だ」(イェッター氏)という。

 例えば工場内にはさまざまなデータがあり、何らかの形で保存されている。しかし、実際にはデータを集めただけで何もせずに宝の持ち腐れとなっていることが多い。

 IBMはプログラムの知識がない業務担当でも簡単にIoT活用の効果を試せるような道具立て(開発ツール)をクラウド上に用意。マウス操作によるドラッグ・ドロップのみでシステム同士や機器をつないだり、データを収集・分析してモニタリングできたりするような仕組みをクラウド形態で提供する。
 
 インダストリー4・0やIoTの新潮流に日本の産業界はどう向き合えばよいのか。ドイツも日本も実力を持った中小企業がたくさんあり、産業基盤を築いている。自動車産業も強く、産業構造から見て似た面が多く、日本勢にとってインダストリー4・0の考えは受け入れやすそうだ。

 しかし日本とドイツは「似て非なるもの」(元橋一之東大工学系研究科教授)ともいえる。ドイツの場合、中堅・中小企業の独立性が強く、例えばボッシュとフォルクスワーゲンの関係がそうであるように、発注者と部材の供給者とは水平分業によるパートナー関係だ。
 
 これに対して日本の場合、系列に代表される特定のサプライチェーンが出来上がっていて、垂直統合が色濃い。“がちがち”のつながりを少し緩めることは時代の流れに合うが、「完全に切り離すと、これまでの強みがなくなる」(同)との危惧もある。

 イェッター氏は「日本の垂直統合は強力で、数十年にわたって培ってきたパートナーシップが競争優位性につながっている。ただしそれは日本独特の考えであり、ドイツや米国とは違う。何が一番ふさわしいかは時間とともに明らかになってくるだろう」と指摘する。
 
 インタビュー/日本IBM社長のマーティン・イェッター氏「垂直・水平、両軸の統合重要」
 
 ドイツがインダストリー4・0を掲げる狙いと、日本はどう対応すべきかについてイェッター社長に聞いた。

 ―インダストリー4・0を巡るドイツの動きをみると、シーメンスの存在が目立ちます。

 「1社だけが際だっているわけではなく、国を挙げて推進している。二つの動きがある、一つは自動車をはじめドイツの屋台骨を支える組み立て産業やエンジニリング産業の競争優位性を高めること。もう一つは製造ラインの最適なあり方といったソリューションを提供する立場。この二つを切り離して考えることはできず、二つの考え方が同時進行している」

 ―具体的には。

 「工場を起点に設計・開発から製造に至る“垂直方向”の取り組みと、サプライチェーンを含む“水平方向”の連携があり、垂直と水平の両軸を統合しなければならない。ここが大きなポイントだ」

 ―インダストリー4・0の進展で、工場の立地やサプライチェーンが劇的に変わることが予想されます。

 「すでにインテリジェンスを伴う労働ではナレッジ(知識)を一番持っていて、コスト効率もよい場所にすべてが集まりつつある。ただ、どの国の企業で
あっても、数十年にわたって積み上げてきたナレッジをみすみす捨てることはしない。分野ごとに活用シナリオや技術を定義し、ユースケースに応じて進めるのが現実的なやり方だ。その際にビッグデータ分析やクラウドの力を活用すればよい」

 ―「日本版インダストリー4・0」ともいえる動きもあります。どうすればよいと思いますか。

 「論点はインダストリー4・0が是か非かではない。ドイツは今後の競争優位性を担保するために決断した。新たな取り組みは自動車や機器、航空機などへと徐々に展開していく計画だ。重要なのはシステム的な発展とグローバルな競争による市場変化が進む中で何が求められていくのかを見極めること。それは時代とともに変わっていく。正しく適用すれば大きなポテンシャルとなる」
 
 【略歴】マーティン・イェッター 独シュツットガルト大学大学院機械工学修士課程修了。86年ドイツIBM入社。06年ゼネラル・マネージャー(社長)、11年米IBM戦略担当バイスプレジデント兼エンタープライズ・イニシアチブ担当ゼネラル・マネージャー、12年日本IBM社長。54歳。
日刊工業新聞2014年8月21日深層断面
清水信彦
清水信彦 Shimizu Nobuhiko 福山支局 支局長
インターネットが工場を浸食する。IoTとかインダストリー4.0とは要はそういう世界を目指しているのだろう。当然ながらIBMが黙ってみているはずはないと言うことで。

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