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社会課題の原体験が企業を、個人を目覚めさせる「留職」とは?

NPO法人クロスフィールズ・小沼大地代表理事に聞く
社会課題の原体験が企業を、個人を目覚めさせる「留職」とは?

NPO法人クロスフィールズ代表理事小沼大地さん

 「留職」という言葉をご存知だろうか―。NPO法人クロスフィールズが提供するのは、企業人材に新興国の社会課題を体感させる「留職プログラム」。キャリアの複層化や社会人の学び直しが叫ばれるなか、こうした体験ニーズが若手社員だけでなく管理職層向けにも高まっているというという。背景には、社員の社外経験を経営資源としてもっと生かしたいという企業側の切実な思いがある。

ニーズ、若手だけじゃない


 ―主に20代から30代を対象とする留職プログラムはこれまで32社から142人をアジア11カ国に派遣してきたそうですね。経験者は帰国後、企業をどう活性化してきたのですか。
 「活躍の形はそれぞれ異なりますが、周囲を巻き込んでチームを引っ張るリーダーになるといった内面的な成長に加え、留職が発端となり、アイディアが紆余曲折を経て新商品や新規事業として花開くといったケースもあります」

 ―2017年からは、幹部社員を対象に社会課題を「体感」するフィールドスタディがスタートしたとか。どんな狙いがあるのですか。
 「ここ数年、若手のビジネスパーソンの社外での活躍の場は広がっています。副業・兼業やプロボノ(自身の専門知識やスキルを生かした新たな社会貢献活動)など、取り組み方はさまざまです。一方で、企業側には多様な社外経験を積んできた人材を、組織として十分生かせていないという問題意識がある。経営トップは、これからは共有価値の創造(CSV)とSDGs(持続的な開発目標)の時代だと旗を振り始めたものの、事業の現場を任されている中間管理職層が何をしたらいいのか戸惑っている。理想と現実のギャップを前に、実は幹部社員こそ、社外体験をする必要があるのではないかという声が高まっているのです」

同じ目線で語りたい


 ―若手はどんどん外に飛び出していく。一方で管理職層は、企業の内に閉じこもったまま。同じ目線で語り合えなければ事業の将来展望も描けないと。
 「そういうことです。いくら若手が社会課題の現場を経験してきて夢やビジョンを熱く語っても、上司があまりに近視眼的では想いが冷めて白けてしまう。せっかくの人材投資を活かし切れません」

 ―幹部社員向けプログラムではどんなことを体験するのですか。
 「2018年1月に実施したインドでのプログラムにはホンダやNTTドコモなど6社から13人が参加しました。最先端のIoT技術で生産管理を行う農村部の酪農現場やアジア最大といわれるスラムの内部などを訪問しました。印象的だったのは、『自分が本当にやりたかったことは何なのか』と他のメンバーと熱く語り合う参加者の姿です。40代の部課長級の方々が、目の前の光景に心を打たれて目頭を熱くしているシーンを何度も目にしました。企業と社会課題を結びつける事業には底堅いニーズがあることを僕自身、あらためて実感しました」

 「フィールドスタディはインドなどの海外に限らず、東日本大震災の被災地など地方の現場でも実施しています。いずれも企業側の関心は非常に高く、引き合いが増えて新規の提案活動を一旦、止めているほどです」

 ―幹部社員向けのフィールドスタディは数日間とか。それでも、内面的な変化をもたらすのでしょうか。
 「企業の皆さんは、『会社人』としての帽子を目深に被るあまり、社会の姿が見えにくくなっているように思います。企業人や組織の一員としてではなく、『帽子』を脱いで、ありのままの自分で社会と向き合えば、広がる景色は全く異なってくる。そもそも自分は何をしたかったのか、事業を通じて社会に何ができるかを問い直すきっかけになるのです」

 ―会社の『帽子』ははるばるインドまで出かけて行かなくても、身近な日常においても脱げるように感じるのですが。
 「僕らが提供するのは、一歩踏み出すきっかけ。社会と自身とのつながりを見つめ直す小さなひと押しです」

 ―社会人の学び直しやキャリアの複層化が叫ばれるなか、今後、企業と社員の関係はどう変わっていくのでしょうか。
 「いまの流れが、語学やITといった実践的なスキル向上にとどまらず、社会で何をしたいのかを自身に問い直すマインドチェンジのきっかけになることを期待します。社会とのつながりを意識しながら能力を発揮できれば、多くの人にとって日本は居心地の良い国になると思います」
 「一方、企業にとってはもはや組織の中で人材を抱え込んで育てる時代ではない。社員を組織の外で鍛えることは、ますます必要になっていくと思います。ただ、その際には社員の自主性を尊重しながらも、一定の『紐付け』は必要だと考えています」

共通の夢にする


 ―社外経験がビジネスに結びつくかどうかですか。
 「僕らの運営する留職プログラムでは、派遣者のスキル・関心と会社の事業領域を入念にリサーチした上で、派遣先や業務内容を設計します。企業側も、『行ってらっしゃい。また数カ月後に会いましょう』と送り出したきりではダメなんです。日々の経験やそれがもたらす意味について留職者と対話を重ねることが不可欠です。現場体験が今後にどう生かせるか企業側も必死に考え、社外経験で社員が見つけた夢を、本人と会社との共通の夢にしていく努力が必要と感じます」

 ―それは留職に限らず、兼業や副業を推進するうえで企業側に必要な視点かもしれませんね。
 「その通りです。社員の経験や視点を事業、ひいては社会にどう還元するか、真摯に向き合わなければ、企業は働く側の意識変化から取り残されてしまうでしょう」 
 「若手社員から『僕の挑戦を応援してくれるのはなぜですか』と問われた管理職に『昔、留職プログラムというのがあってさ、あれがきっかけかもな』なんていつか言ってもらえたら本望ですね。青臭いかもしれませんが、夢や情熱を持って働くこと。これこそ未来を切り拓く原動力だと信じています」
幹部社員向けフィールドスタディでは、アジア最大のスラムを訪れた
神崎明子
神崎明子 Kanzaki Akiko 東京支社 編集委員
多様な経験を積むことで「目覚めた」人材は、社会を変える原動力となる。次回は地方や中小企業に活躍の場を見出すことの意味を日本人材機構の小城武彦社長と考えます。

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