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金型業界の風雲児は、変化をプロデュースする

IBUKI「役職では無く、役割で仕事をする」
金型業界の風雲児は、変化をプロデュースする

熟練の思考回路をAIで可視化。加工技術に磨きをかける

 目指す姿は「金型業界の風雲児」-。業界の因習を破壊し、21世紀型の金型企業へと動き出したIBUKI(山形県河北町)。射出成形用金型メーカーのノウハウを生かしたビジネスモデルや収益構造の変革が評価され、第7回ものづくり日本大賞で経済産業大臣賞を受賞。「地域未来牽引企業」にも選ばれた。そんなIBUKIだが、順風満帆に歩んできたわけではない。経営破綻寸前からの復活劇があった。

破綻寸前からの復活劇


 1933年、東京都品川区大崎で木型メーカーとして創業、ソニーなど電機大手向けの金型製造・販売で規模を拡大したIBUKI。旧社名の「安田製作所」は業界で一定の知名度があり、ピーク時には270人近くの従業員を抱え、山形県内3工場を構えるまでに成長した。ところが地デジ特需の反動や主要取引先の海外生産シフトで2008年度から6年連続の赤字に沈む。

 売上高は激減。2工場を閉鎖し、従業員は最悪期に約20人に減った。悲劇はこれだけでは終わらない。それまでの親会社は素形材企業のM&A(合併・買収)でのし上がってきたアーク。同社が債務超過に陥り、企業再生支援機構(REVIC)に支援を仰ぐ。2014年に株式は投資ファンドのロングリーチグループに売却されるなど、経営者が目まぐるしく入れ替わった。

 再生不能とみたロングリーチは早々に手を引く構えを見せ、2014年9月に製造業コンサルティングのO2(東京都品川区)が株式を取得。復活劇はここから始まる。「金型屋はかっこいい」「金型は成長産業だ」「型破りな型屋」。社長に就いた松本晋一氏がまず実行したのが、社員のプライドを呼び覚ますことだった。

 買収からわずか半年後には社名を変更。およそ金型工場には似つかない大きな社名ロゴを背負ったオレンジのユニホームを導入した。来る日も来る日も将来ビジョンを語り、矢継ぎ早に手を打つ松本社長。「変化を日常化していくうちに、最初はきょとんとしていた従業員が自主的に改革を口にするようになってきた」(松本社長)。

 大胆な人事異動、組織改革も断行した。金型メーカーの花形といえば仕上げ責任者。そんな現場のエースを最前線の営業に配置換えし、顧客企業の購買部門との交渉のツボを教え込んだ。同時にO2グループの取引先である設計部門との直接交渉ルートを開拓。立場の弱い下請け事業者から脱却していった。

 「僕の仕事は変化をプロデュースすること。トップが社員を信用しない限り、会社は明るくならない」と松本社長。トップのメッセージがダイレクトに伝わるよう、組織をフラット化。「役職では無く、役割で仕事をする」(同)体制に改めた。

 顧客との接点が増えたことで、従来の強みも一段と評価されるようになる。IBUKIはワーク表面に光沢をもたせたり、ハニカム加工を施すなど加飾加工が得意。

 例えばブルーレイディスクレコーダーの筐体に高級感を与えるなど、さまざまな効果を生む。加飾技術を武器に、自動車業界への進出に成功。過去、電機業界一辺倒で傾きかけた経営は、今や自動車業界を軸に成長軌道を描く。

 IBUKIはサステイナブル(持続的)な成長と下請的な産業構造を変革するべく、O2とともにものづくり技術に付加価値をプラスしたビジネスモデルを志向する。鍵を握るのが「IoT(モノのインターネット)・AI(人工知能)の活用」「オープンイノベーションの推進」だ。

 O2グループのLIGHTz(ライツ、茨城県つくば市、乙部信吾社長)。スペシャリスト(熟達者)の思考回路を「ブレインモデル」という独自形式で再現、若手に技能や技術を引き継ぐ“先生”役をAIで作成する。

 中小製造業では、見積もり時に対応可能と判断した案件が実際には困難で、思わぬ損失を生むことがある。AIが機械工学の知識と熟達者の知見などを分析。経験や勘に頼ってきた曖昧(あいまい)な部分を極力省く。

 IBUKIはライツの技術を活用し、ベテラン社員しか対応できなかった見積もり手法を形式知化し、若手でも適切な見積もり書類を作成できるようになった。技術レベルを反映した高精度の見積もりを提示することで受注確度が高まり、採算割れの心配も減ったという。

提携戦略で海外進出


 日本の素形材産業の生産額は2007年に5兆円を超えるも、国内自動車生産の減少などで、2015年には約4兆円に落ち込んだ。内需縮小に加え、新興国の金型メーカーの台頭など明るい材料に乏しいのが実態。ただ、単独で海外進出するリスク、資金ともにハードルは低くない。

 そこでIBUKIは立松モールド工業(愛知県稲沢市、立松宏樹社長)と提携。IBUKIが加飾技術を供与する一方、立松モールドのグローバル拠点網を活用する。同業間のオープンイノベーションで技術や事業の付加価値を高め、海外勢に対抗する狙いだ。

 IBUKIは一連の改革が奏功し、2016年度に売上高8億円(前年度7億円)、2ケタ近くの営業利益を確保する水準まで息を吹き返した。減給解除、賞与復活など社員の働きにも積極的に報いた。また、年5000万円から1億円規模の設備投資・IT投資を進め、稼いだ利益を生産性改革に回している。社内では今、「生産性倍増計画」と銘打ち、残業時間削減など働き方改革とセットで取り組んでいる。

 先行投資がかさみ、今後の利益率は目減りする見通しだが「まだまだ改革の途上。スタートラインに立ったところだ。2020年目線で新しい成長の種を探していく」と松本社長。ポートフォリオ改革に余念が無い。県内の経営者や金融関係者などとの交流も積極化しており、地域の魅力発信にも力を注いでいく考えだ。
松本晋一社長

【企業情報】
▽所在地=山形県西村山郡河北町谷地字真木160の2▽社長=松本晋一氏▽創業=1933年▽売上高=8億1500万円(2017年3月期)
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
よくメディアでも話題になるIBUKI。経済産業省の「機械統計」によると、国内の金型生産実績(金額ベース)は2006年に4879億円まで増えたが、リーマン・ショックなどの影響で09年には3159億円まで急落した。その後、4年ほど横ばい状態を続けた後、じわじわと生産が増えて16年には3978億円まで回復した。足元でも自動車、半導体業界などの活況を受けて、金型企業にも追い風が吹いている。一方で、金型企業の大半が関わる自動車業界には電動化や電装化の波が押し寄せ、大きな変革期を迎えているのも事実であり、IBUKIのような変革者はひと握りだろう。金型産業の生き残りは個者の問題ではない。

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