ニュースイッチ

METI

デジタルモノづくり、ドイツが覇権を握るのか

効率化超えて価値創造
デジタルモノづくり、ドイツが覇権を握るのか

シーメンスのジョー・ケーザー社長兼CEO

 ドイツの電機・エンジニアリング大手シーメンスは、同国が推進する「インダストリー4.0」の中核企業の一つ。ライバルでもある米ゼネラル・エレクトリック(GE)を立ち上げた発明家トーマス・エジソンの誕生年(1847年)に創業という老舗ながら、最近はソフトウエア、デジタル事業へと大きく舵を切る。もともとの工場自動化(FA)に強みに加え、モノづくりのデジタル化でアピールしているのが、「デジタルツイン」とIoT(モノのインターネット)基盤OSの「マインドスフィア」。こうしたアプローチでデジタルモノづくりにかかわるすべてのプロセスをカバーし、顧客企業との共創を進める一方、デジタルファクトリーのプラットフォームを握ろうとしている。

2ケタ成長の原動力


 「18年の研究開発ではデジタルファクトリーが最大の投資先になる。競争は厳しいが、将来の収益のためにこの分野に引き続き手厚い投資を行う」。シーメンスが17年12月にミュンヘン本社で開いたデジタル事業説明会。ジョー・ケーザー社長兼CEOはデジタルモノづくり関連の事業拡大について、こう確約した。

 ソフトウエアとデジタルサービスで構成される同社のデジタル事業の17年9月期売上高は前期比20%増の52億ユーロで、8%という業界平均の成長率を大きく上回る。45億ドルで17年に買収した電子回路設計(EDA)ソフト大手、米メンター・グラフィックスの売り上げ貢献分を除いても11%の2ケタ成長を達成した。

 シーメンスでデジタルファクトリー部門を率いるヤン・ムロジク部門CEOも、「当社は永年、実世界での工場自動化に強みを発揮してきた。以前から製造分野のデジタル化は重要だと認識していたが、仮想世界のモノづくりで転機となったのが米UGS(現在の米シーメンスPLMソフトウエア)の買収だ。それ以降、合計約100億ユーロを投じて(買収によるソフトやソリューションの)ポートフォリオを増やしながら、仮想世界、実世界、デジタルツイン、工場現場を統合し、顧客にとって最善のソリューションを提供するアプローチをとっている」と力を込める。
    

効率化のカギ、「デジタルツイン」


 うちインダストリー4.0で重要な役割を果たすのがデジタルツイン。実物の製品や生産設備についてそれらに対応するデジタルデータの双子(ツイン)を作り、そのバーチャルモデルを使ってシミュレーションを繰り返す。試作など実世界での作業に移る前に上流で問題を徹底的につぶしておき、無駄を省きつつ作業を効率化できる。

 たとえば、デジタルツインと金属積層造形、さらに拘束条件に従って最適な3次元形状(トポロジー)を生み出すジェネレーティブデザインとの組み合わせ。ムロジク部門CEOによれば、精製所で使われる高温バーナーシステムの事例では、従来品の長さが3.4メートルだったのに対し、ジェネレーティブデザインによる複雑な内部構造を持ちながら、半分の1.7メートルと長さを短くなり、部品点数も半分にまで削減できたという。

 しかも、一連のプロセスのデータはマインドスフィアで収集・分析され、製品、製造、それぞれのデジタルツインおよび現物でのパフォーマンスをフィードバックしながら、全体プロセスの連続的な改善につなげられる。つまり、これまでのような製造現場での自動化にとどまらず、上流の製品設計から製造計画、製造エンジニアリング、製造実行、サービスという顧客企業の全てのバリューチェーンに関わることで、顧客のモノづくりを支えつつ、自らの事業領域を飛躍的に広げようというしたたかな狙いがあるのだ。

産業空洞化に歯止め


 顧客側でもこうしたデジタル手法を事業に生かそうとしている。医薬品メーカー向けに洗浄機・乾燥滅菌機・充填機などを開発・製造する独バウシュ・ウント・ストレーベルのハーゲン・ゲーリンガー社長は、個別化医療の進展で医薬品1製品当たりの生産量が減り、多品種少量生産に対応する柔軟性の高い生産システムやさらなるコスト削減が要求されていると、合理化の背景を説明。「デジタルツインでエンジニアリング期間を大幅に短縮でき、その分、より多くの知見を早期の開発段階で盛り込むことが可能になった」とメリットを実感している。
 
 マインドスフィアを新事業に活用しているのが、工作機械メーカーの独ヘラーだ。工作機械をレンタルのような形でユーザーの工場に一定期間貸し出し、月額費用に加えて機械の使用時間だけユーザーに課金する新しいビジネスモデルを事業化。そこにマインドスフィアを組み合わせた。

 「こうしたやり方なら、工作機械を買い替えずに、新しい製品に合った性能の高い工作機械が使える。しかも、マインドスフィアを通じて工作機械の大量データを管理し、表示画面のダッシュボードで機械の稼働状況を分かりやすく表示したり、不具合や故障を予見し、未然に防いだりできるようになる」と、同社のベルント・ザップ新事業・技術部門長は強調する。

 1月24日には「マインドスフィア・ワールド」というマインドスフィアのユーザー組織がシーメンスによって立ち上げられ、産業用ロボットのクカ、板金機械大手のトルンプ、産業用自動化機器のフエストなどとともに、ヘラーも18社の設立パートナーに名を連ねる。

アディダス「あなただけの特別なシューズ」


アディダス公式ページより

 一方、世界的なスポーツ用品メーカー、独アディダスが進める「スピードファクトリー」プロジェクトにはシーメンスもパートナー企業としてかかわり、インダストリー4.0の目指す「マスカスタマイゼーション(個別大量生産)」実現に向けたフレキシブルな製造システムづくりを支援している。

 アディダスが年間に生産するスポーツシューズの数は現在、年間3億足以上に上るという。ただ、シューズの製造工程は手作業が多く、安いコストで数をこなさなければならない。そのため、同社では20年以上も前にドイツ国内にあった工場を賃金の安いアジアに全面移転し、ドイツ国内に工場を持たない製造空洞化の状態が永らく続いていた。

 その流れを変えたのが、製造工程をほぼ全自動化した「スピードファクトリー」。アディダス本社に近いバイエルン州アンスバハで17年に本格生産に入り、先端モノづくりによる工場の国内回帰の象徴的な事例となった。ここだけで年間50万足の生産を目指し、スポーツシューズの一大市場である米国向けにはジョージア州アトランタでスピードファクトリーの建設を進めている。

 では、工場を国内に戻すとどんな利点があるのか。実は、スピードファクトリーは、単に工場の国内回帰を狙ったものではない。シーメンスの資料によればドイツでデザインされたスポーツシューズがアジアで製造され、先進国の消費者の元に届くまで現状では輸送期間も入れて約18カ月かかる。問題は、その間に流行や消費者の好みが変わってしまうリスクがあることだ。

 そこで両社が協力し、デジタルツインをスピードファクトリーに本格導入することで開発・製造プロセスを合理化しつつ、ユーザーの好みのデザインを採用した「あなただけの特別なシューズ」を大消費地の近くで短期間に製造できるシステムを作り上げる。ゆくゆくは数日、あるいは数時間で消費者に製品を届ける、という野心的な目標を掲げている。

 シーメンスのムロジク部門CEOは、「デジタル化は出来合いのシステムや技術を導入すればいいというものではない。デジタル化に情熱を注ぎ、前向きな考え方を持つ顧客企業との共創(コ・クリエーション)が何より重要になる」と指摘する。単なる効率化を超えて顧客とともに新たな価値を生み出すところに、ドイツ流のデジタルモノづくりの真髄があるようだ。
藤元正
藤元正 Fujimoto Tadashi
 もう一つ、アディダスが先行するのが3Dプリンター(積層製造装置)の活用だ。米シリコンバレーのスタートアップ、カーボンの積層造形技術で製造した「フューチャークラフト4D」のスポーツシューズは、そのソール部分のワイルドなデザインが目を惹く。拘束条件をもとに最適な3次元の複雑形状を自動生成するトポロジー最適化(ジェネレーティブデザイン)の手法をソールに採り入れ、カーボンが開発した技術で樹脂を積層して形状を作り上げた。デザイン面での奇抜さだけでなく、軽量化と高い強度、それにクッション性を合わせて実現した、3Dプリンターによる世界初の量産シューズだ。アディダスのジャンポール・オメーラ副社長「2017年には3Dプリンターを使った消費者向け製品でアディダスが最大の製造業者になるだろう」とは予測する。  デジタル化についてシーメンスと提携する英ロールス・ロイス。英国や米国の工場が、設計部門と製造部門がデジタルソリューションで緊密につながったペーパーレス工場になっている事例をサイモン・カービーCOO(最高執行責任者)は紹介しながら、「デジタル化はわれわれのような会社にとって非常に大きなチャンスであり、かなりの額のデジタル化投資をコミットしている。2年ごとに世界のデータ量が倍になる中、どうやったらデータを通じて自分たちや顧客の価値を最大にできるか、常に考えている」と明かす。  どうやら製造プロセスや事業のデジタル化は、システムにお金をかければ誰でも効果が得られる魔法の杖ではないらしい。デジタル技術を駆使して自社の強みをさらに強くする、あるいは新しい製品やビジネスモデルを創出する――そのための「経営ビジョン」がカギとなる。各企業やパートナー、ユーザーなどがオープンにつながる協業(コラボレーション)や共創とともに、それを推進する経営力が、産業のデジタル化が進むこれからの時代にはより問われることになる。

編集部のおすすめ