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「中核技術を守っていては中国に追い抜かれる」(NEDO新理事長)

石塚博昭氏インタビュー「(助成金不正受給の)信頼回復が最初の使命」
「中核技術を守っていては中国に追い抜かれる」(NEDO新理事長)

NEDO理事長・石塚博昭氏

 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は今春、新理事長に三菱ケミカル元社長の石塚博昭氏を迎えた。石塚新理事長は核心に踏み込んだオープンイノベーションを掲げる。この推進力となるのはNEDOの抱える人材多様性だ。狙いと抱負を聞いた。

 -東日本大震災以降、エネルギー環境分野は大きな変化を経てきました。化学産業を率いてきて技術開発の方向性は。
  「化学業界で50年近く働かせて頂いた。私がこの道に進んだのは、無から有を生む化学の、無限の可能性に惹かれたからだ。空気や水から製品を生み出し、人類を幸せにする産業と言われてきた」

 「一方、化学は鉄鋼に比べ歴史が浅く、公害問題も起こしてきた。その中で環境技術を磨きいまの姿がある。エネルギー分野ではコストと二酸化炭素、安全性の三つが重要だ。化石燃料を燃やす発電法は二酸化炭素の発生が不回避になる。二酸化炭素の地下貯留や二酸化炭素と水素を反応させハイドロカーボンを生成する技術が期待される」

 「太陽光発電は震災後普及が進み、現在はより厳しいコスト競争力が求められている。塗布プロセスで生産できるペロブスカイト型太陽電池が期待される。産業界も本腰を入れており社会実装が進むだろう。有機太陽電池が実現すればカーテンや壁紙が電源になる。風力発電は洋上で安定して安く発電する実証実験が進む。日本として強化すべき技術はたくさんある。とてもエキサイティングな仕事だ」
 
 -着任直後ですが、NEDOの職員、組織体制はいかがですか。
  「着任して実質十日と、まだまだ勉強中の身だが、現場と話をして思う点は、NEDOは産学官の混成部隊、みなのベクトル合わせができればとても力強い組織になるということだ。NEDOプロパーの職員と民間企業からの出向者、経済産業省や財務省からの官庁出向者と大学研究者など産学官の人材が集まっている。出向元の民間企業は約120社にのぼる。この人材多様性はNEDOの財産であり、オープンイノベーションを進める上で重要な人材プラットフォームになる」

 -民間企業での多様性は性差や国籍の問題が中心です。出向者の任期は数年と流動性が高い中で、どう組織をまとめますか。
  「組織は連続性と非連続性の両方が重要だ。どちらかがかけても競争力を失う。長く務めるプロパー職員が連続性を支え、産学からの出向者が非連続性を持ち込む。両方の整合をとるのが経営の役割だ。手腕に期待してほしい」

 「前職では売上高の4割強を海外で稼ぎ、従業員4万人の半分は外国籍だった。議論していて、文化や社会的背景が変わると本当に多様な考え方、ベクトルが出てくる。それでも議論を重ねると一つになる。初めに多様なベクトルを出すことは重要だ。進む方向を正しく捉え、まとまると非常に強いベクトルになる」

 -議論をしても事業や組織間の利害関係自体がなくなることはありません。どうしたらまとまりますか。
 「『本質は何か』と問いかけてきた。会議では枝葉は捨ててでもテーマを絞る。NEDOは技術開発の成果でイノベーションを生み出し、社会実装することが使命だ。社会実装で重要なのは経済合理性だ。技術自体がいくら優れていてもコストパフォーマンスが伴わなければ普及しない。社会に受け入れられるには何が必要か、そのための本質は何かを追求していく」

オープンイノベーションで勝つために


 -産学連携やオープンイノベーションは長く唱えられて来ましたが成功例は多くありません。
 「従来オープンイノベーションを掲げて複数社が集まっても、おのおの中核技術を守り、その枝葉をオープン化して連携する取り組みが多かった。中核をオープンに連携する必要がある。化学業界ではオランダのDSMがオープンイノベーションをうまく活用して来た。炭鉱会社として創業し、外部のリソースを取り込んでヘルスケアやニュートリション(栄養素)など、本業自体をシフトさせてきている。中核技術を守るだけではダメだ」

 「例えば材料開発にビッグデータ(大量データ)や人工知能(AI)技術を活用するマテリアルズ・インフォマティクス(MI)に量子コンピューティングが組み合わされれば効果は計り知れない。中国は国家戦略としてリチウム固体電池にMIを活用しており、成果が出つつある。中核も枝葉もデータを集めて計算してしまう。日本企業が中核を守り、枝葉だけでオープンイノベーションを唱えていると、いつの間にか追い抜かれてしまうかもしれない。化学など、エネルギー環境分野は日本が世界のトップを走っており、中核部分を閉じて守っていても大丈夫かもしれない。だが痛い目にあってからでは遅い」

 -三菱化学と物質・材料研究機構の赤色蛍光体の産学連携が成功事例として有名ですね。
 「前職で中核技術を物質・材料研究機構と開発し、特許を広く提供した。虎の子の新材料だが、自社ですべて囲い込むよりも複数社で用途開拓した方が早い。結果、市場競争に勝つことができた」
 
 -材料は特許が強力なため連携しやすい分野です。自動車や電機、情報システムで連携するために、データやサービスの異業種連携モデルが出てきましたが、これは技術開発に収まらず事業開発の力が必要になります。
 「民間約120社からの人材という強みが生きる。サービスが技術開発の出口となるならそこを強化していく。新産業創出の面では新中長期計画ではNEDO支援ベンチャーへの民間投資を現在の1・5倍に増やす。つまりNEDOは、より有望なベンチャーをより若い段階で発掘して支援し、産業界とつなぐ。技術やベンチャーの目利き力と、連携や事業化支援を通して新技術を社会実装する力がより重要になる。多様な人材を触媒として実現していきたい」

 -17年度の助成金不正受給事件で機構史上、最も厳しい目に囲まれた船出になります。
 「昨年、事件の報道を見聞きしていたころは、まさか自分が当事者になるとは予想もしていなかった。一方で詐取された助成金については、すでに返還を受け、現在、再発防止に努めている。信頼回復が私の最初の使命になる」
【略歴】いしづか・ひろあき 72年(昭47)東大理卒、同年三菱化成工業(現三菱ケミカル)入社。07年三菱化学(現三菱ケミカル)執行役員、12年社長、15年社長兼三菱ケミカルホールディングス副会長。兵庫県出身、68歳。

日刊工業新聞者2018年4月19日の記事に加筆
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
イノベーションや社会実装を目指す限り、技術開発と事業開発が切り離せなくなっている。特に第四次産業革命に描かれる異業種データ・サービス連携は正解がなく、NEDOは自ら新しい連携モデルを描いていく必要がある。オープンイノベーションは啓発期を終え、結果を示していく段階にある。新理事長の手腕に期待がかかる。

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