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異色の副社長が決算会見に登壇したトヨタの危機感。揺らぐモノづくり

初の技能職上がりの河合氏、最高益見込むも楽観視せず“原点回帰”を説く
異色の副社長が決算会見に登壇したトヨタの危機感。揺らぐモノづくり

決算説明会でトヨタのモノづくりについて異例のプレゼンを行った河合副社長

 自動運転や電動化、コネクテッドカー(つながる車)など100年に一度と言われる自動車産業の大変革に、トヨタ自動車が自らも変わろうと現場でもがいている。2018年3月期連結決算は過去最高の売上高、当期純利益を見込むが、円安や米国の法人税減税という追い風に恵まれただけに楽観はできない。未曽有の変化を前に、製造業の原点である「モノづくり」「人づくり」についてトヨタは何を考えるのか。

 「私が入社した当時はトヨタ自動車は本社工場と元町工場しかない本当に小さな会社だった」「なにか危機があれば会社はつぶれてしまう、そんなことを真剣に感じていた」(河合満副社長)。

 6日にトヨタが都内で開いた決算説明会に、異色の人物が登壇した。工場を統括する70歳の河合副社長は中学卒業後にトヨタの企業内訓練校に入り、鍛造部で腕を磨いて本社工場の鍛造部長や副工場長を経て、15年に専務役員、17年に副社長に就任した。

 技能職出身者がトヨタの役員になったのは初めて。社員にはもちろん、役員にもトヨタの思想や神髄を伝え、指導する立場だ。取締役ではなく、専務役員や副社長への就任を打診されたときはいったんは固辞したといわれる。

 説明会では最高財務責任者(CFO)である小林耕士副社長が「私がコーディネートして河合さんをお呼びした」と明かした。

 プレゼンテーションの題材は「トヨタの競争力を支えるモノづくり」。河合副社長は課題や変化に挑戦した事例として、車軸(アクスル)の切削加工からハイブリッド車(HV)のトランスアクスルのモーターの生産に変革した現場や、車体のフレームから燃料電池(FC)スタックに生産を変えた現場を紹介した。

 会見で河合副社長は自身の経験と、現在のギャップも指摘。手作業で自分の感性により匠(たくみ)の技を習得した身には、自動化しすぎた生産ラインでの技能者の教育、意識に危惧を抱いているとし、「昔ながらの人間なのかもしれないが、心配でならない」と顔を曇らせた。

 センサーや検査装置に多くを頼るライン。しかし、「検査装置があったはずなのに問題が起きる。なぜか。壊れていたから。壊れたかどうかを見抜くのが技能」と断言する。

原理原則が分かっているのか


 そのため、「原点の技能を教えて、それから自動機、ITなどいろいろなものを使わせる。その順番を間違えないような指導を徹底している」という。

 河合副社長が技能の重要性を分かりやすく説明するためによく挙げるのが、ロボットに書道を教え込む事例。字が上手な人の技を教示したロボットは美しい字を書くが、字が下手な人の場合はロボットが書く字もうまくない。

 そもそも河合副社長が危機感を感じ始めたのは定年の年を前にした10年以上前にさかのぼる。ボタンを押せば製品ができあがる自動化のラインが浸透する現場を前に「技能は大丈夫か」と不安に駆られた。

 原理原則が分かった上で、自動化のラインを使っているのか―。年配のトップ技能者がいつまでも会社にいるわけではない。そこで徹底的に技能を鍛えることを決めた。

 5年ほど前からは「高技能者育成ワーキング」を始動。塗装などの職種で各工場の最も優秀な30代半ばくらいの技能者を集め、1―2年間の教育プログラムを実施する。

 トヨタの神髄を知る河合副社長が「トヨタで1番」と表現する厳しさだ。課題のあるラインや問題の発生した海外ラインの解決、新ラインの立ち上げなどを実施。なにもかも一人でやらなければいけない局面に立たされる。

 これまでの修了者は約300人を数える。ただ、厳しい基準が設けられ、トップ中のトップに与えられる高技能者の認定者はまだ誕生していない。トヨタはこの修了者をデータベース化し、現場の課題解決に役立てていく。

 河合副社長は「第一人者を追い越せ、そして自分を越える人を育てよ」とハッパをかける。トップ技能者の匠の技を自動化する限り、技能を高め続けなければ進化も止まる。技能こそ品質や原価低減などの競争力の源泉と認識する。
手吹き塗装は自分の感性を磨き続けていく匠の技だ

資料なし会議で即断即決


 デンソー副会長から1月にトヨタに復帰した小林副社長も現状に強い危機感を持つ。豊田章男トヨタ社長の上司を2度も経験し、両者は信頼関係が厚いと言われる。

 小林副社長は会見で「社長補佐なので、社長の悩みや希望、戦略について即座に実施するのが私の役割」と明言した。さっそく始めたのが会議の見直し。大きな会議でもほとんど資料なしで、即断即決を心がけているという。

 具体例として「某社とも打ち合わせがあり、資料なしでやった。即座に四つくらいの項目が決まり、午後から相手の会社も含めて各部署に展開した」と紹介。「これくらい早くやらないとPDCA(計画・実行・評価・改善)が回らない」と説明し、スピード感の変化を強調した。

 「社内は多少混乱しているが、それを承知でやっている」という。この取り組みを定着させて、体質強化や収益力改善につなげる意向だ。さらに、原価を見積もる能力の強化にも言及。

 エンジン、駆動部品、ボディーの各部署が個別最適を推し進めるとコストが大きくなるため、クルマ全体の視点で振動の低減手法など抜本的な見直しを進めている。

 1月に経理本部長に就任した白柳正義専務役員も、部品メーカーと一体となって進める原価改善活動「RRCI(良品廉価コストイノベーション)」の3期目の活動に触れるなど、17年12月まで調達担当だった経験に基づき、普段はあまり公表しない取り組みも語っていた。
(文=名古屋・今村博之)
日刊工業新聞2018年2月9日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
「なにか危機があれば会社はつぶれてしまう」―。日本最大の企業となった今でも、変革への危機感から動き始めたトヨタ。IoT(モノのインターネット)や人工知能(AI)といったイノベーションの普及は産業構造を一新する。多くの企業や業種でひとごとではない。 (日刊工業新聞名古屋支社・今村博之)

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