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素材メーカーが改ざんに陥った“トクサイ”という誘惑

定義を都合よく解釈、安全性や性能に問題がなければ特例的に買い取る
 神戸製鋼所、三菱マテリアル、東レといずれも日本を代表する素材メーカーや、その子会社で立て続けに発覚した検査データの改ざん問題は、産業界に大きな衝撃を与えた。素材に対する信頼が揺らげば、最終製品の信頼性も損なわれる。素材各社の不正行為は、日本のモノづくり全体の危機を意味する。不正はなぜ起きたのか、不正の根絶に向けて日本企業はどう取り組むべきかを検証する。

 各社の問題に共通するのは、顧客が求める規格や仕様との差がごくわずかならば、最終製品の性能を損ねることはなく、文句を言われる心配もないとの判断だ。自動車タイヤの補強材を製造する東レの子会社では、タイヤメーカーが定めた規格値と検査値の差が1%にも満たないため、性能面で実質的な違いはないと自主判断し、品質保証担当者が検査値を書き換えていた。

 最終製品メーカーは通常、安全性などの性能に一定幅の余裕を持たせて設計し、部品などの仕様を決める。部品メーカーも念には念を入れ、余裕度を積み増して部材や素材のメーカーに発注する。

 結果として素材や部材には、必要十分条件をはるかに上回る性能が求められる。こうした事情から、わずかな誤差なら黙って納入しても、問題ないと判断したとみられる。

 素材の規格外れの根絶は難しい。それでも日本の素材産業は、現場力を鍛えることで工程能力を高め、歩留まり率を引き上げて品質やコスト、納期などの厳しい要求に応えてきた。

 神鋼も今回と同様な改ざん問題が2016年に発覚したのを受け工程能力を高める取り組みに力を入れつつあった。業務手順や工程の改善で「品質のバラつきがなくなれば、不正に手を染める必然性がなくなる」(梅原尚人副社長)からだ。

 だが、どの企業でも技能者の世代交代や非正規雇用者の増加に伴い、歩留まり向上の難易度が高まってきた。ある大手製造業関係者は、こうした手詰まり感の中で「品質管理の責任者が、納期の重圧に負けたのではないか」と推測する。

 品質に対する経営者の意識も変わった。神鋼グループや三菱マテグループの労働組合が加盟する基幹労連の弥久末顕事務局長は「従来、日本の製造業は品質の高さに重きを置いてきたが、経営者の間でこうした意識が徐々に薄れ、効率を優先するようになったのではないか」と指摘する。

 日本能率協会(東京都港区)が10月に公表した意識調査の集計速報によると、企業経営者の7割強が今の主要事業について、5年後に通用するかどうかは見通せないとの認識を示した。

 先行き不透明感が強まる中で、モノづくりのノウハウを地道に蓄えて品質や生産性を高める取り組みより、目先の収益確保に走る傾向が強まった可能性がある。それが改ざん問題を生む温床になったともいえる。
                

「正直に話してほしかった」


 そして検査データ改ざんの背景にあるのが「特別採用」(トクサイ)という商慣行だ。改ざんに関与していた担当者の多くはその定義を都合よく解釈し、顧客が求める仕様や規格に合わない品を適合品と偽って納入していた。

 トクサイとは規格や仕様から多少外れた製品でも、安全性や性能に問題がなければ需要家が特例的に買い取る措置。品質管理の仕組みに関する国際規格のISO9001でも認められている。

 仕様が厳しすぎる場合、見直しを求めて交渉する例もある。ある大手素材企業では、品質について納入先と意見をすり合わせるための会議を定期的に開く中で「安全性や性能に影響を及ぼさない範囲で、仕様変更が決まることもある」(担当役員)という。結果として「当社製品の品質が安定すれば、無駄が減って顧客にも貢献できる」(同)ためだ。

 「正直に話してほしかった」。神鋼からアルミニウム板の不適合品を仕入れていたトヨタ自動車の購買担当者は、ある素材メーカーの幹部を前に、ため息交じりにつぶやいた。

 需要家は供給側に求める仕様を本来必要な水準より高めに設定するのが一般的で、多少の変更はきく。「合意の上で仕様を見直していれば、問題にはならなかったはずだ」。トヨタの購買担当者のそんな胸中を、素材メーカーの幹部は感じ取った。

 不適合品を仕入れていた需要家の間や関係業界には、このような対処法があるにもかかわらず、なぜ不正に走ったのかとの疑問がある。神鋼グループから硬度が表記と異なる材料を仕入れていた軸受けメーカーの品質担当役員は「硬度のほかにも問題を隠しているのではないかと疑いたくなる」と不信感をあらわにする。

 こうした疑心暗鬼が広がれば、深刻な顧客離れを引き起こす。素材大手の役員は「顧客と率直に意見交換できる信頼関係を築けなかったのだろうか」と首をかしげる。

 神鋼が11月にまとめた社内調査の報告によると、経営の評価が収益に偏り、生産現場にも生産量や納期を優先する組織風土が定着していたことが、改ざんの温床になった。このような環境が、品質について顧客と腹蔵なく話し合う機会さえも奪ったと考えられる。

 有識者の間にはトクサイが売り手と買い手のなれ合いを生み、改ざんの動機になったとの指摘がある。本来は特例措置であるトクサイが常態化すれば、品質向上を目指す意欲がそがれかねない。

 真の信頼関係はなれ合いでなく、供給側と需要側が手を携え、さらに高い価値を追求する中で築かれる。そのことをすべての製造業者が再認識する必要がありそうだ。

経営者と現場、両者の歯車をかみ合わなければ…


 検査データ改ざんの再発をどう食い止めるか。各社が最優先しているのは、データの入力を自動化するなどの物理的な予防策だ。改ざん問題が発覚した神戸製鋼所、三菱マテリアル、東レの事業部門や子会社では、検査値を手書きで記録するケースや、システムに入力した後でもデータを容易に書き換えられるケースがあった。

 各社は再発防止策の一環として、試験・検査装置の計測データをサーバーに直接取り込むなど、人が介入できない仕組みづくりを進めている。ただ、検査の仕組みを変えても不正を生んだ温床が残る限り、不正は形を変えて再発しかねない。

 2015年の免震ゴム性能偽装問題など性能データの改ざん・捏造(ねつぞう)が相次いで発覚した東洋ゴム工業は、検査記録の自動化など検査の仕組みを見直す一方で、不正を防げなかった組織風土の改革にも力を入れた。タイヤ部門と非タイヤ部門に分かれ、交流もない中で縦割りになっていた事業本部制から、機能別組織への変更などを実施した。

 この間にも新たな不正事案の発覚が続いたものの、改革の成果も表れてきた。問題の免震ゴムの交換品を開発するため、部門の壁を越えて総力を結集。こうしてできた交換品が国に承認され、16年夏に生産再開にこぎ着けた。北川治彦広報企画部長は「不正の発覚で失ったものは大きいが、得たものも大きい」と振り返る。

 神鋼などの改ざん問題も、風通しの悪い縦割り組織が温床になったとされる。縦割り組織には業務の専門性を高める効果が見込める半面、全社一丸となれば発揮できるはずの力を封じ込めてしまう弊害もある。縦割り組織を放置したことで失ったものは、製品の品質や性能に対する信頼だけではないはずだ。

 有識者の間には、生産現場のデジタル革命など劇的に進むパラダイムシフトに対応しきれない経営者を問題視する声もある。みずほ総合研究所(東京都千代田区)の坂入克子上席主任コンサルタントは一連の改ざん問題を「現場頼みの合理化や工夫、効率化といった小手先の改善で変化を乗り切ろうとした結果だ」と指摘。「経営者と現場が、事業環境の変化に先んじて会社の新しい『かたち』をともにつくっていかなければ、同じような不正や不祥事が今後も続く」と警鐘を鳴らす。

 坂入コンサルタントは「企業経営者には既存のビジネスモデルや業務プロセスを一から変えていく覚悟が必要だ」と強調する。激しい変化に対応するため、経営者はどういった“改革”を進め、生産現場はどのような“改善”に取り組むか。これを明確にし、両者の歯車をかみ合わせなければ、問題の根絶は難しい。
                       

日刊工業新聞2017年12月26日 /27日/29日
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
 一連のデータ改ざん問題は、契約順守に対する日本企業の意識の低さを物語った。東レの日覚(にっかく)昭広社長も改ざん問題に関する11月28日の会見で、インターネットの掲示板に、同社でも改ざんがあるとの書き込みがされていなければ「(問題を)公表するつもりはなかった」と発言。認識の甘さを露呈した。素材に対する信頼の失墜は、最終製品の信頼低下に直結する。  あるタイヤメーカー役員は「日本には(安全面などで)法令より厳しい基準を、メーカーが契約で独自に定めてきた歴史がある」と指摘する。改ざんを繰り返した各社の製造現場には、この基準を少しばかり下回ったくらいで、問題にはならないという過信があった。だが、こうした発想は、海外では通用しない。欧米の契約社会で債務不履行と見なされれば、契約解除や賠償金の支払い請求に発展する可能性もある。米司法省も神鋼の問題について、調査を進めている。詐欺罪の適用も視野に入れていると見られ、神鋼は虚偽データの記載で、刑事罰をも科されかねないリスクを負った。

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