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ノーベル物理学賞受賞の小林氏「応用にとらわれすぎれば、長期的にはマイナス」

どうなる?日本の科学(4)高エネ研特別栄誉教授・小林誠氏
―学術研究が厳しい状況にあります。

「もともと科学と実用性は独立した価値がある。まず科学が自然の法則を明らかにし、その一端がビジネスや社会に応用されていく。科学から応用への体系そのものをしっかりとしたものにしないと、応用も生まれない。応用にとらわれすぎれば、長期的にはマイナスに働く」

―長期的とは何年を考えればいいですか。

「アインシュタインの相対性理論は発表から約100年たった現代、全地球測位システム(GPS)に不可欠な理論になった。生命科学は基礎的な発見が薬になるまで十数年、情報理論は数年など、分野によってさまざまだ。期間より、分野ごとに科学と応用が有機的につながっているのかや、体系全体が細っていないかチェックすべきだ。『基礎か応用か』と声の大きさで決めていてはうまくいかない。科学技術政策には哲学が要る」

―ノーベル賞を受賞してから基礎科学の振興を唱えてきました。

「国は科学技術立国を目指すといいつつ、反対の道を歩んでいる。民主党政権の事業仕分けに反対したが、その後も本質は変わっていない。大学の運営費交付金を削減し、真綿で首を絞めている。科学の多様性は大学が担ってきた。大学のアクティビティーを落とさないことが重要だ」

―そうは言っても実学重視は世界の流れです。

「米国はトランプ政権下で素粒子関連予算が数十%削減されたと聞く。ただ科学技術投資の全体額は増やしてきた。欧州や中国もそうだ。日本は全体額が伸びていない」

―学術研究は大型投資が必要な素粒子や宇宙、予算の半分を得る生命科学の比重が大きいです。予算の大型集中と小型分散のバランスは。

「どちらも重要で答えのない問いだ。このバランスは合理的には決まらない。素粒子研究では加速器が限られるため、得られたデータは実験と理論の研究者が協力して解析し尽くす。米国の研究グループは良きライバルであり仲間でもある。お互いのデータを共有して統計精度を高めるなど協力関係にある。小型分散の研究でも、実験装置を共有化すれば効率化とデータの質を高められる」

―中国の急伸は国立研究機関への集中投資が背景にあるなど、国研への予算増は世界のトレンドです。高エネ研にとりチャンスでは。

「現役を退いており、所属組織のために発言する必要なくなった。いまは科学全体をみている。材料や情報、生命科学など異分野の論文が面白い。新しいことを学び、研究者の深い洞察にうならされる瞬間が楽しくてしかたがない」
日刊工業新聞2017年11月20日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
実学が民間資金を稼いでも、その資金が学術研究に流れることは少ない。日本では誰もが「科学は重要だ」というが、今は実際の投資につながりにくい。純粋に科学を重視するコミュニティーは世界では少数派だ。「日本にも加速器を」と高エネ研を作ったときの素粒子研究者の熱意やエネルギーは大きかった。学術研究の再興にはそれ以上のエネルギーと哲学が要る。

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