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「全ての人にファン・トゥ・ドライブを」 章男社長の発言を読む

すべてのクルマの「スポーツ車」化
「全ての人にファン・トゥ・ドライブを」 章男社長の発言を読む

右が発表会に登場した豊田社長

 トヨタ自動車は19日、市販車のスポーツカーシリーズを一新し、新ブランド「GR」を投入したと発表した。数量限定販売の「GRMN」を頂点に、量販スポーツモデル「GR」、ミニバンなどにも設定する「GRスポーツ」、アフターパーツ「GRパーツ」で構成する。発表会にサプライズで登場した豊田章男社長は「大衆車を多く売ることが使命だと思っているが、トヨタでもおもしろいクルマをつくれると示したい」と意気込んだ。

 新ブランドはこれまでのスポーツカーシリーズ「Gスポーツ(通称G‘s〈ジーズ〉)」から刷新した。第1弾としてGRは小型車「ヴィッツ」に、GRスポーツはヴィッツやプラグインハイブリッド車(PHV)「プリウスPHV」、スポーツ多目的車(SUV)「ハリアー」、セダン「マークX」、ミニバン「ヴォクシー」「ノア」に設定して同日発売した。2017年度に9車種で展開する。

 また、17年度中に販売店と地域拠点「GRガレージ」を全国で39店舗開設し、専任スタッフ「GRコンサルタント」も配置する。従来の「エリア86(ハチロク)」は18年3月末までに全店閉鎖する。

日刊工業新聞2017年9月20日



「86」が教えてくれたもの


 若者のクルマ離れが叫ばれて久しい。少子高齢化が進む国内の自動車市場では、それをなんとか食い止めたいところ。だが「スマホ世代」を振り向かせるのは容易ではない。そんな中、トヨタ自動車のスポーツ車「86(ハチロク)」は20代にも多く売れているという。どんなマーケティングをしてきたのか。

 トヨタは大量に売れるクルマを優先した結果、一時期スポーツ車が商品群から姿を消した。「それが若い人のクルマ離れにつながる要因にもなった」(嵯峨宏英専務役員)と反省する。

 2000年に発売した小型車「bB」など若者対策には以前から取り組んではいた。しかし、どれも「一時は支持を得られるが長続きしなかった」と86の開発責任者、多田哲哉チーフエンジニア(CE)は振り返る。

 行き着いたのが「クルマ好きの王道」(多田CE)であるスポーツ車だった。07年に開発を始めた。トヨタとしては久方ぶりのスポーツ車開発で、多田CEが助言を乞いたい先輩が社内にはいなくなっていた。困った多田CEが訪ねたのがマツダの貴島孝雄氏。スポーツ車「ロードスター」の2、3代目の開発責任者だ。

 「スポーツ車で一番してはいけないのは景気の波でつくったりやめたりすること。それがもっともファンを裏切る行為だ」。貴島氏の言葉はトヨタにとって耳が痛いものだったが、多田CEはしっかりと胸に刻んだ。「絶対にスポーツ車をやめない。このクルマを大事にしているとファンに伝え続ける」。

 86は12年に発売。当初、購入層の中心は40―50代。若いころにスポーツ車が欲しかったが買えなかった人たちだった。だが、そこから購買年齢層はどんどん下へ広がっていく。86の訴求の仕方は通常のクルマとはまったく異なるものだった。

 テレビCMは一切打たなかった。販売店には86専門スタッフが常駐するコーナー「エリア86」を設置し、試乗車を必ず置いた。

 すると買う気はないが、とりあえず乗ってみようという顧客が多数来店。試乗待ちが3時間という店舗もあったという。そうした話題が参加交流型サイト(SNS)を通じて拡散。普段、トヨタの販売店に足を向けないような若者が押し寄せた。

 さらにトヨタは86ファン交流ウェブサイト「86ソサエティー」を開設し、86オーナーが集まるイベント「86S(ハチロックス)」を企画。86Sは「すごい広がりでびっくり」と多田CEも驚く盛況ぶり。取り組みは実を結び若者のファンは拡大。最近では「20代に一番多く売れる月もある」(多田CE)ほどになった。

 8月にマイナーチェンジした「後期86」では満を持してテレビCMを開始した。「86をもう少し広めるため、CMが有効なタイミングにきた」(同)と、さらなるファン拡大に意欲を燃やす。
※内容、肩書は当時のもの
ハチロク公式ページより

日刊工業新聞2016年12月30日

明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
記事には章男社長がサプライズで登場した、と書かれているが確信犯だろう。章男社長は重要なメッセージを発するタイミングで必ず表舞台に立つ。今回は「スポーツ車」強化でもあるが、GRシリーズに「プリウスPHV」を含めたことに重要な意図があるように思う。世界的なEVシフト、自動運転の進展により伝統的な自動車メーカーの“機能“は、今後削がれていく可能性もある。電動車でもファン・トゥ・ドライブを追求していくという強い姿勢にほかならない。楽しさの象徴であるスポーツ車でそれを表現したのだろう。それは危機感の裏返しでもある。クルマの価値をどこに見出すか。電動化や自動運転ばかりではない。

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