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【特別インタビュー】未来学者・川口盛之助氏に聞く(1)ウエアラブル

ポストスマホにならない腕時計型/健康関連が有望ビジネスに
 「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」。これはルイス・キャロルの小説『鏡の国のアリス』に登場する「赤の女王」の有名なセリフ。進化論では「赤の女王仮説」という形で引用されるが、同じように、日本を含めた先進国が先進国であり続けるためには、新興国が容易に追いつけない優れたイノベーションをどうやって生み出し続けるか、にかかっている。そこで、先端技術の動向やサブカルチャーに詳しく、自民党「国家戦略本部」のビジョン策定などにかかわる未来学者の川口盛之助氏に、未来市場を切り開く製品開発の方向性や、イノベーション創出の勘どころなどについて聞いた。インタビュー内容をテーマごとに数回にわたってお届けする。まずはウエアラブルから。

 −ウエラブルの分野でアップルウオッチが注目されています。宝飾ブランドやファッションブランド、腕時計メーカーを含め、こぞってこの市場に入ろうとしますが。
 「ファッションのアクセサリーは古代エジプトの時代からあり、腕に時計という機能を付けたのはある意味「新参者」。懐中時計ができてから腕にたどり着くまでに200年以上かかった。技術系の人たちはウエアラブルを甘く見ている」

 「人工の異物が身体表面に市民権を得るには大変な努力が必要だということを知らなければならない。長い時間をかけて市民権を確立した「先住者」である宝飾品だからこそ、2000万円もするパテック・フィリップみたいな存在がある。そこに青天井の根付けができるブランド品にデジタル機能を付けてもいいらしいということで、アップルなどが参入してきている」

 -200万円もする高級なモデルも出してきています。とはいえ、1年くらい経てば機能は陳腐化しますよね。
 「日本の腕時計はクオーツでスイスの腕時計を1回殺した。ところがスイスの時計産業は機械時計で再び盛り返している。数としてはクオーツが圧倒的に多いが、総売り上げとしては機械式の方が圧倒的。ただ、機械式である必然はまったくない。巻くのが面倒くさいし、正確でない。でも現実に動いている金はそっちの方が多い。そこにアプリがダウンロードできるが、1年で陳腐化するような機能が入ったとして20万円の価値はない。ましてや200万円にする人はいない。むしろ商品寿命が短くなっているから、ソフトが入れ替わるので陳腐化しませんと言い続けなければいけない」

 「以前、ヴァーチュ(Vertu)という100万円もする携帯電話があった。ダイヤモンドがついていて宝飾品でもあったのだけれど、そのほとんどの価値はボタンを押すとコンシェルジェにつながり、ホテルサービスを24時間受けられるというものだった。それと同じ運命をたどるのでは」

 -では今は騒がれているけれど、思ったほどは伸びないと?
 「伸びない。ただ、メガネ型よりはいい。腕時計は、先達が宝飾品としての位置を苦労して得ているので。そこがアップグレードするだけ。もともと時計に付いていてうれしい機能なんてない。話しかけるのも大変だし、ディスプレーが小さく、ニュースを見るのにそんなものはいらない。ポストスマホにはならない。電池の持ちをよくしようとすると重くなるし、重いと着けたくない。着けていていいことあるかというとそれほどない。唯一、便利なのは健康がらみの機能。みんな長生きしたいわけで、健康だったらやはり話が違う」

 -一時話題になったグーグルグラスも、知らないうちに撮影されるんじゃないかということで批判が高まり、事業化計画も大幅後退しました。やはりメガネ型は商品として難しいですか。
 「医療とか生産現場とか、プロスポーツとか、そういう特定の場面で着けるのはいいけれど、普段の生活で常時着用するのは時計とメガネだけで精一杯。しかも軽量化が求められる」

 「メガネ型端末で情報を目に入力するというのではなく、人間の内部の信号を取ってきて本人に見せるという用途はある。たとえば、眼電位で自分の目の動きを計測して眠気や集中度を把握するJINSの「MEME(ミーム)」のようなメガネ。あれはいい。ほかのウエアラブルのゴーグルと違って内部の情報しか取っていない。万歩計の延長がメガネになっているというだけ。やはり他人の情報を取り始めると怖い部分がある」

 「メガネのここが録音中でピカピカ光っていたらしゃべる気がしない。だからグーグルグラスは潰れるんですよ。反対に、自分のためにある装置というのは、体温計とか万歩計の延長線上にあるので健全だし、長生きをしたいというところにつながっているのでモチベーションが違う。何よりメガネは脳の近くに肉薄できるところがアドバンテージだ。BMI(Brain-machine Interface)がマーケティング分野で期待されているように、脳活動に関するデータは宝の山の可能性がある」

 -では、腕時計でもなくメガネでもなく、機能がシャツに付いていて、それでバイタル(生体情報)を測って健康情報をフィードバックしてくれますという商品があればどうですか。
 「それならいい。基本はセンシングで、測るのは外の世界ではなく、自分そのものの状態。知りたい最大の理由は健康と長生き。それ以外にはない。自分の健康に関わる情報だったら自分のエネルギーを投入してもいいと。それでも重いのはつらい。だったら負荷分散する意味で広い面積に張り付いている服みたいなもののほうが有利。服は文字通りウエアラブルなのだから、そこに機能が入っていますというのは製品としてセーフだろう」

 -服のウエアラブルも研究開発をやっているところが結構あります。安く、あまり負荷にならないような形でできれば、うまくいくかもしれませんね。
 「最近は実年齢測定器というのがけっこう使われている。肌年齢とか骨年齢を非侵襲で測定できる。あの手のものを小型化するなり、解像度は悪いけれど、毎日データを取って傾向がけっこう分かるようにしていけばいい。年に一度の人間ドックで受けるMRIには太刀打ちできないけれど、汗のpHだけを読んでいますという装置で、ストレスのちょっとした兆候をとらえる」

 「毎日やっていると変動そのものがデータになる。MRIのようなすごい大砲を年に1回というやつと、毎日少しずつ雑なデータを集めるというやつと、その中間にトイレで毎日1~2回、体脂肪率や尿の成分を自動的に図るとか。それらがシームレスにつながっていて、今の技術で一番ROI(投資利益率)のいいところを狙う、というやり方はある」

 -ウエアラブルというよりもユビキタスのような形で健康状態を測定するという感じでしょうか。
 「普段の生活の中のデータをいかに健康データとして読み取るか、という意味で簡単なのはタイプミスの度合いを測ったりすること。何度打ち直したかとかアプリがあれば測れる。それだけでストレスまで読める。筆圧とか打鍵の圧力が上がったり下がったり、それも特定のキーを押すときだけ上がったりというのは理由があったりする」

 「そこに感圧センサーがあるだけでデータが取れる。音声認識機能があれば、しゃべったときの言葉に詰まった割合も分かるし、抑揚やピッチで感情を読んだりもできる。そういう技術がどんどん普及していくのではないか。健康はとにかくビジネスになる」

 <プロフィール>
 川口盛之助(かわぐち・もりのすけ) 
 1984年慶大工卒、米イリノイ大理学部修士修了。日立製作所を経てアーサー・D・リトルジャパンでアソシエートディレクター。13年株式会社盛之助(東京都中央区)を設立し社長。日経BP未来研究所アドバイザー。代表的著作の『オタクで女の子な国のモノづくり』で「日経BizTech図書賞」を受賞。同書は英語、韓国語、中国語、タイ語にも翻訳され、台湾と韓国では政府の産業育成の参考書としても活用される。兵庫県出身、54歳。

 ※次回は6月22日(月)に公開予定
ニュースイッチオリジナル
藤元正
藤元正 Fujimoto Tadashi
川口さんの存在を初めて知ったのは2010年5月に開催されたTEDxTokyo。日本のハイテクトイレを題材にした軽妙なTEDトーク(Toilet Talk)が印象的でした。外国でも広く読まれている『オタクで女の子な国のモノづくり』も、単なるサブカル話で終わらず、モノづくりと絡めてサブカルを論じている点が目新しい。製品開発の参考になるかもしれません。川口さんのTEDトークは以下のサイトで。 http://www.tedxtokyo.com/morinosuke-kawaguchi/

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