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フランケンシュタイン生誕200年、文学と数学の才能が魂や血でつながっていた!

知の出会い・普遍的な作品とは
 日本テレビ系「日曜ドラマ」で現在放映されている「フランケンシュタインの恋」。このドラマで俳優の綾野剛さん演じる怪物は120年前に誕生したという設定ですが、英国のメアリー・シェリーによる本家の長編小説「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」が書き上げられたのは1817年5月のこと。出版は翌18年3月だったそうです。今回はフランケンシュタインの物語を振り出しに、あちこち寄り道しながら、知の出会いと普遍について考えてみたい。

 誕生から今年でちょうど200年を迎えたフランケンシュタインの物語は、SFホラーの元祖と言えます。それどころか、ギリシャ神話で天界から火を盗んで人間に与えたプロメテウスの名が原題に冠されているように、科学技術の暴走とそれがもたらす悲劇をモチーフにしている上、創造主が創造物に復讐されるという内容でもあり、文明批評も織り込んだ奥行きのあるストーリーとなっています。

 そもそも、この怪奇小説自体が偶然の産物でした。1816年5月、メアリーと駆け落ち相手の詩人パーシー・シェリー、それに詩人のバイロン卿ら5人の男女がスイス・レマン湖畔の別荘に一緒に滞在した折のこと。

 有名な話ですが、「それぞれが一つずつゴースト・ストーリーを書こう」という、バイロン卿の半ば思いつきの提案がきっかけとなってメアリーがフランケンシュタインの怪物の物語を着想し、1年がかりで書き上げたというのです。

 かたや、バイロン卿はこの会合で「吸血鬼」の話を生み出していますが、彼の詩作と同等かそれ以上の傑作と言えるのが一人娘のエイダ・ラブレスの存在でしょう。

 母親と同じく数学好きだった彼女は、数学者で計算機学者のチャールズ・バベッジを師と仰ぎ、彼の考案した機械式汎用計算機である解析機関(アナリティカル・エンジン)についての解説書を著したことで知られています。

 のちにバベッジは「コンピューターの父」、エイダは「史上初のプログラマー」と呼ばれ、エイダの名がSF小説に登場したり、米国防総省が組み込みシステム向けプログラミング言語をエイダ(Ada)と名付けるなど、どちらかというと戦国武将のように、本人のイメージが拡大して一人歩きしている観もあります。

普遍的な創作物に重要なフォロワー、模倣物の存在


 さて、日本ではシェリー夫人とも呼ばれるメアリーと比較して、知名度が今ひとつなのが詩人のパーシー・シェリー。でも、彼の名前は知らなくとも、次のようなエピソードは誰しもなんとなく覚えているのではないでしょうか。

 「私が一番好きな詩を知ってる? 『アレトゥーサは身を起こしぬ。アクロシローニアの山々を覆う雪の寝どこより』。キーツよ」

 これは映画「ローマの休日」で冒頭から27分40秒ぐらいに出てくる有名なシーン。オードリー・ヘップバーンのアン王女と、グレゴリー・ペック扮する新聞記者のジョーが出会い、王女とは知らずにやむなく彼女を彼のアパートに泊めることに。

 その彼女が寝る前にそらんじた詩の作者がキーツかシェリーかを巡って2人でちょっとした言い合いになる、なんとも微笑ましい場面です。

 ではどちらの詩人なのかというと、メアリーの旦那のシェリーが正解。「アレトゥーサ」はギリシャ神話に登場するニンフの物語をうたった彼の1820年の作品で、iTunesでダウンロードした映画の字幕に「アリアドネ」とあるのは明らかな翻訳ミスでした。

 メアリーとパーシーのシェリー夫妻に、バイロン卿と娘のエイダ…。およそ200年前の欧州で、詩と文学、数学や計算機に没頭する才能がこのような形で図らずしも出会い、魂や血でつながり、歴史に残る成果を上げていったことには正直驚くしかありません。文学や学問が一部の特権階級の手に委ねられていた時代、先端知識が特定のグループに集中するのは当たり前だったとしてもです。

 そこで、200年かかってフランケンシュタインの物語に込められた教訓を科学技術の創造主たる人類がどれだけ学んだかが非常に気がかりとはいえ、創作者や創作物に対する普遍性はどのようにして獲得されたのでしょうか。

 欧米ならば、聖書やギリシャ神話のように各人の魂の奥底で共鳴し合う宗教的・文化的な「型」のようなものがあるのかもしれません。

 また一方では、唯一無二、それしかない文化遺産のような作品も中にはあります。「ローマの休日」が良い例で、こちらは続編やリメーク版を作ってもヒットすることはないと断言できます。

 逆説的ですが、リーダー論で出てくるフォロワー(追随者、模倣物)の存在も実は重要。いかにオリジナルの物語なりのイメージを再生産して、新たな価値を付け加え、次の時代につなげていくかという視点です。

 翻案ものが山のように作られたフランケンシュタインの物語はまさにこのケースに当たりますし、エイダはもはや無敵のキャラクターと化しています。シェリーの詩も、人気の高い「ローマの休日」とともに、日本では悲しいかな永遠におぼろげな存在として記憶されていくのかもしれません。いずれも、純潔を守るため肉体を水に変えられながら海の水とは混じることのないアレトゥーサの泉のように、これからも美しい水脈を保ち続けるでしょう。
日刊工業新聞電子版2017年5月8日
藤元正
藤元正 Fujimoto Tadashi
チャールズ・バベッジがアナリティカル・エンジンに先立って1822年に再発明したディファレンス・エンジン(階差機関)もまた、SF作家のイマジネーションを喚起してやまないようです。蒸気機関が広く使われている世界を扱ったウィリアム・ギブソンがスチームパンク小説「ディファレンス・エンジン」はもとより、国内でも「虐殺器官」「ハーモニー」で知られ、2009年に惜しまれつつ弱冠34歳で亡くなった伊藤計劃の「The Indifference Engine」、彼の盟友で未完となった「屍者の帝国」を書きついだ円城塔の短編集「Self-Reference ENGINE」は、明らかにディファレンス・エンジンのもじり。さらに、フランケンシュタインを作り出したメアリー・シェリーは、後世のスチームパンク小説に影響を与えたとも言われています。

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