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ゲノム編集で肺がん治療、8月に中国で世界初の臨床試験

年内実施予定の米国に先行、免疫細胞の機能を大幅強化
ゲノム編集で肺がん治療、8月に中国で世界初の臨床試験

がん細胞を取り囲むキラーT細胞(Credit: Alex Ritter, Jennifer Lippincott Schwartz and Gillian Griffiths, NIH)

 最先端のゲノム編集技術CRISPR/Cas9を使って遺伝子を改変した細胞を人体に注入する臨床試験が8月にも中国で実施されることがわかった。ネイチャー誌がニュースとして報じた。肺がん患者に対し、がん細胞を攻撃する免疫細胞の機能を遺伝子操作で強化して体内に戻す治療を行う。6月には米ペンシルベニア大学によるゲノム編集のがん治療臨床試験が、米国立衛生研究所(NIH)の諮問委員会で承認されているが、それに先んじる形で中国チームが世界初になる見通しだ。

 臨床試験を計画しているのは、四川省成都にある四川大学华西医院の研究チーム。対象は転移性の非小細胞肺がん患者で、これまで化学療法や放射線治療などで改善効果がみられず、残された治療法がほとんどないという。

 臨床試験の実施については7月6日に同病院の倫理委員会が承認した。承認までには約半年間かかったが、研究チームによれば、6月21日にペン大による申請がNIHで承認されたことが、倫理委の決定を大きく後押しすることになったと認めている。

 华西医院のチームの治療法は、患者の血液から免疫T細胞を取り出し、CRISPR/Cas9を使って、染色体の特定の部位にあるPD-1たんぱく質を作り出す遺伝子を除去する。PD-1は、健康な細胞まで攻撃対象としないようリンパ球の活性を抑制する働きがあるが、がん細胞はこのPD-1の働きを逆手にとり、免疫機構の攻撃を逃れているという。

 ゲノム編集されたT細胞はラボで増殖され、患者の血管に注入。その後、組み替えT細胞が体内を循環し、がん細胞めがけて攻撃する、と研究チームでは想定している。ただし、CRISPRは染色体中で誤った場所を編集する可能性もゼロではないため、体内に注入する前に組み替えT細胞が正しいものかどうか、検定する作業も行う。

 臨床試験の第1相は治療法の安全性をみるために行い、患者10人に対し、投与量別に3種類用意した細胞を注入する。その後、少しずつ投与量を増やしながら、副作用があるかどうかを検査する。

 ニューヨークにあるメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターの専門家は、抗体を使ってPD-1の働きをブロックする肺がん治療に比べ、今回の治療は遥かに確実性が高いと見る。ただ、その一方で、自分の細胞まで攻撃する過剰な自己免疫反応が起こらないか懸念が残るともしている。そのため、標的とする肺がん組織から、攻撃対象が特殊化されているT細胞を取り出して使う手法を提案しているが、これに対し、华西医院のチームは、がん組織が採取困難な部位にあるうえ、米食品医薬品局(FDA)に承認されたPD-1の働きを抑える肺がん抗体治療でも、高い割合で自己免疫反応は起こっていないと説明する。

 一方、ペン大のチームのがん治療法は华西医院のものとは若干異なり、T細胞に3種類のゲノム編集を施す。CD-1の除去に加えて、T細胞が免疫細胞だと示すたんぱく質の遺伝子も除去し、さらに目的とするがん細胞を標的とするよう、がん細胞を検出するたんぱく質の遺伝子を挿入する。ただ、ペン大が臨床試験を始めるには、FDAと同大学の審査委員会から承認を取り付けなければならない。それでも、同チームでは、年末までには臨床試験に入れるとの見通しを明らかにしている。
ニュースイッチオリジナル
藤元正
藤元正 Fujimoto Tadashi
昨年、世界的な論争を巻き起こすことになったが、ヒト受精卵のゲノム編集を初めて手がけたのも中国の科学者。今年に入ってからも、HIV(エイズウイルス)に感染しないよう、ヒト受精卵の遺伝子を操作したという論文を中国の研究チームが発表している。人命や「デザイナーベビー」といった倫理上の問題がからんでくるため、欧米や日本では基礎研究はともかく、ゲノム編集の臨床応用には慎重な姿勢でいる。それに対して、生命科学研究に力を入れながら、「世界初」の名誉にこだわり、比較的倫理基準の厳しくない中国で、応用研究が進む可能性は高い。

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