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DNAを高密度データストレージに、MSが実用化研究を本格化

バイオベンチャーに試験用の合成DNA製造委託
DNAを高密度データストレージに、MSが実用化研究を本格化

DNAの模式図(Jonathan Bailey, NHGRI)

 人間などの遺伝情報が書き込まれたDNAをデジタルデータの記録媒体に使う「DNAストレージ」について、マイクロソフト(MS)が実用化研究を本格化させている。バイオベンチャーの米ツイスト・バイオサイエンス(Twist Bioscience、サンフランシスコ)の発表によれば、同社はMSから1000万本の合成DNAの製造と、それらDNAを構成する核酸塩基の配列の書き込み業務を受注した。

 「情報爆発」とも言われるように、デジタル時代の現代社会では大量のデータが日々生み出されている。それらのデータを長期間保管するストレージの需要もうなぎ上りに伸び、2017年で16ゼタバイト(ゼタはギガの1兆倍)の需要が見込まれているという。ただ、大きな問題は、それらを蓄えるデータストレージの容量が追いついていないことにある。

 そこで注目されているストレージの代替技術の一つがDNA。わずか1グラムに1ゼタバイトもの情報量を蓄えられ、米化学会での発表によれば、DNAは堅牢性に優れ、最大2000年もの間、そのまま無キズの状態を保てるとも言われている。たとえばスペインの洞窟で発見された7000年前の人骨のDNAの解析結果から、この人物が青い目を持ち、おそらく牛乳に含まれる酪酸を消化できなかったことがわかっている。

 こうしたことからDNAを高密度かつ長期間のデータ記録媒体として実用化する試みが各研究機関で行われている。2012年にはハーバード大学のジョージ・チャーチ教授(遺伝学)らがDNAに5万3000語で構成された本1冊の情報を書き込み、読み出すことに成功したとサイエンス誌に論文発表した。

 MSの研究開発部門であるMSリサーチも、シアトルのワシントン大学と共同で、以前からDNAデータスレージの研究を進めている有力研究機関の一つ。今回は、合成DNAを大量生産する自社開発の装置を持つツイスト・バイオサインスに対し、ストレージ向けの研究に使う1000万本もの合成DNAの製造業務を委託した。

 IEEEスペクトラムの取材によれば、両社の契約では、MSがデジタルデータをA(アデニン)、C(シトシン)、G(グアニン)、T(チミン)の塩基配列に符号化し、その配列に従ってツイストが合成DNAを作製してMSに配送する。ツイストが知らさせるのは塩基配列だけで、元のデータが何であるかはわからない。次にMSは長期間のデータストレージとして使えるかどうか、(加速劣化試験などの)シミュレーションを行い、塩基配列からデータを読み出す、という手順を取る。

 ここでDNAストレージを実用化する上での壁は、コストとエラー率。コストについては、DNAから人間1人のゲノム(全遺伝情報)を読み解くのに、2001年には10億ドルかかっていたのが、現在は1000ドル程度にまで劇的に下がってきた。ツイストのエミリー・レプラウストCEOはIEEEスペクトラムに対し、「(ストレージ用には)現在の1万分の1程度までコストを下げる必要がある」としているが、技術革新により今後もコストダウンが見込まれそうだ。

 読み書きでのエラー率の低下も技術革新待ちと言えるかもしれない。ツイストのニュースリリースの中で、MSリサーチのダグ・カーミーン氏は、ツイストと行った初期段階のテストで、合成DNAに書き込んだデジタルデータを100%読み出すことができたという。その上で「有望な製品としての商品化するにはあと何年もかかる見通しだが、将来はデータストレージとして記録密度と堅牢性をともに向上させることができるだろう」(カーミーン氏)としている。
ニュースイッチオリジナル
藤元正
藤元正 Fujimoto Tadashi
『ゲノムの敗北』にも書かれている通り、DNAシーケンサーの開発で日本には(それこそiPhoneのように)要素技術と構想はあったものの、対応が後手に回り、今や米国企業が市場を席巻している。しかも生命科学研究分野だけでなく、読み取りコストの低下から臨床応用や遺伝子検査の現場でも大きな需要が見込まれている。それに加え、ICTのデータストレージでも生命科学の技術が役立つとは驚きだ。先の『ゲノムの敗北』では、既存の専門分野以外の新しい学問を邪道とする頭のカタイ大先生たちがプロジェクトを潰す要因となったが(つまりサイロ化)、日本の研究者ももっと先を見て、融合分野の融合技術に潜むイノベーションを追求すべきだ。

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