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“女性研究者支援” 新段階…採用・昇進の大きな偏り解消

“女性研究者支援” 新段階…採用・昇進の大きな偏り解消

東大は女性リーダー育成を全学の意識改革とともに進めている(ウィーチェンジのシンポジウム、東大提供)

大学の女性研究者支援が新たな段階に入っている。以前は男性差別だと批判された、女性の採用や昇進を後押しする施策が「大きな偏りを解消するためには必要だ」と理解されるようになったためだ。「日本は指導的女性が少ないためジェンダーギャップ指数が低い」(文部科学省・人材政策課)ことから、上位職の教授ポストや管理職でのテコ入れが目立つ。東京大学、東京農工大学、東北大学大学院工学研究科の事例を見ていく。(編集委員・山本佳世子)

東大/全学の意識改革 リーダー育成、多様性後押し

東大は教職員、学生など全学の意識改革から女性リーダー育成につなげる施策「UTokyo男女+協働改革#WeChange」(ウィーチェンジ)を2022年度に始動した。同大には教員、事務職員が合計で約1万人いる。まず全員にアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)の研修を実施。伝統的な大規模大学での取り組みだけに、他大学への影響は大きい。

中でも全国にインパクトを与えたのが「採用・昇任する正規雇用の教授・准教授のうち、25%を女性にする」手法で「女性教授らの新規雇用300人」を実現するとの方針だ。現在、正規雇用の教授・准教授は年間200人着任している。このうち女性は約35人と18%程度だ。これを25%に当たる50人に6年間引き上げることで、300人の雇用を達成する。

これは教授など上位職に女性が少ない問題に対応するためのポジティブアクションだ。林香里理事・副学長は「大学の未来のために今、必要なのは『学問の領域をいかに広げるか』ということだ。伝統的な専門分野で優劣を競うのではなく、女性をはじめ外国・企業出身者など多様な人材が応募しやすい条件の公募などが企画されている」と指摘する。

実現に向けて「各部局(研究科など)の人件費で女性教授を1人学外から採用すると、本部の資金支援により助教ら若手女性研究者2人を雇用できる」制度も整備した。女性教授を採用する部署を優遇することで、ダイバーシティー(多様性)を後押ししようという戦略だ。

東京農工大/“推し” 獲得 経験積み、学内ネットワーク強化

近年は理事や副学長など、学長の判断で決められる大学の役職で女性の就任が増えている。これに対して教員の意向投票による選出を経て学部長や研究所長などの部局長が誕生するケースは、特に女性が少数派の理系ではまれだ。

東京農工大は「部局長・副学長の女性比率を27年に4割、30年で5割」という目標を掲げた。部局の教員ら現場の“推し”を獲得して、女性が部局長に就くという高いハードルを設定した形だ。天竺桂(たぶのき)弘子副学長は「女性教員は学長補佐や副学長で経験を積み、学内ネットワークを強化し知名度を上げ、『任せて大丈夫』と思ってもらう必要がある」と説明する。

同大は学長が選ぶ学長補佐に40代女性教員4人を配置し、その教員の研究室向けに若手女性を特任助教で採用。本部の仕事と研究室の両方で成果を出しながら、次世代を育てる仕組みを動かし始めた。

東北大/公募枠拡大 大学越え連帯感も

教員公募における女性枠も近年は増えている。その中で東北大の工学研究科が注目されたのは「女性教授5人」と数が多かったためだ。国内外から約50人の応募があり、3人が4月に着任した。他機関の研究者であるパートナーが、クロスアポイントメント(複数組織との雇用契約)制度で同大にも雇用される帯同支援も実施。別居しているカップルでも相互に行き来しやすいよう配慮した。

東北大工学研究科は女性教員のロールモデルをHPで紹介している(鶴岡典子助教〈左端〉、東北大提供)

通常の同研究科の特定領域の公募1ポストでは、女性の応募はほとんどないという。「『学会を見渡してもトップクラスといえない私には、とても無理』と最初から諦めてしまいがち」(北川尚美教授)であるためだという。工学全体に枠を広げたことで、挑戦する人が増えたと見る。

各専攻には「面接に呼ぶ候補者は多めに」とリクエストした。最終段階まで残った経験は自信につながる、と考えたからだ。最終的に不採択だったが勇気付けられたことで「その後に他機関でのポスト獲得につながった、というお礼のメールを受けた」と北川教授は感激する。女性同士の連帯“シスターフッド”が大学を越えて育ってきている。

女性比率引き上げ、追い風生かす意識カギ

女性研究者は少数派であるため、学会などを通じた横のつながりは昔からあった。06年度から続く文科省の女性研究者支援事業も貢献している。15年度に始まった「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ」事業では、延べ約140機関を支援してきた。採択された大学同士は良きライバルであり、好事例を共有するなど“他大学とともに歩む”面がある。

同事業のうち22年度開始の「女性リーダー育成型」は、1件当たりの支援金額が年間約7000万円と大きい。女性研究者を上位職に引き上げる時の差額や支援人材の雇用など、約半分が人件費に使われている。東大と農工大の踏み込んだ動きは、この事業を活用している。

裾野を広げる狙いから、博士課程の女子学生も支援対象としている。東大の林理事は「博士学生数の多い本学が頑張ることで、将来的に各分野・全国の研究機関で活躍する女性を後押しすることにつながる」と、現状を越えたミッションを意識する。

東京農工大の天竺桂副学長は、女性教授ら300人を新規雇用するという東大の施策について「ようやく日本もここまできたか、と感慨にふける女性研究者は多い。本学も負けられない。そうして日本全体が変わっていく必要がある」と強調する。

21年度の学校基本調査によると、日本の大学教員における女性比率は全体では26・4%。教授は18・3%だった。政府の目標値は教授、副学長、学長それぞれ23%だ。ダイバーシティー推進の追い風を、どの大学も十二分に生かすことが求められる。

競争率10倍、東北大が女性教授を初公募して分かったこと
 東京農工大学が「部局長・副学長の半分」を女性に

日刊工業新聞 2023年05月04日
山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
大学や企業でマイノリティーだった女性の活躍推進が、かつてない大きな波になっている。それは、従来の社会制度で活躍してきたマジョリティー(男性)からも、賛同の声が上がるようになったためだ。「従来型の社会がこの先、発展していくことは難しい。イノベーションの源泉として、多様性は必須のものだ」「多様性には年齢や国籍やさまざまあるが、最初に取り組む大きなものとして、男女の切り口がある」という認識が、浸透したからだといえるだろう。科学技術の世界は、ある事柄が科学的に正しい(論理的)と理解されると、一挙に変わる面を持っている。そこから社会の他の組織や仕組みを、リードしていってほしいと思う。

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