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10兆円ファンドvs地域・特色振興パッケージ… 研究重視のすべての大学に好機あり

研究力で世界トップクラスを目指す大学を10兆円ファンド(基金)で支援する「国際卓越研究大学法」が公布された。対象大学の2022年内の公募開始を控え、旧帝大や指定国立大などの研究大学は策を練る。一方、地方大学などの視線は、「地域・特色」で存在感向上を図る大学を支援する「地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ」に向く。いずれも研究力で社会の賛同を得て外部資金を獲得し続けるという新たな大学像をめぐる動きだ。大学や政府の取り組みを追った。(編集委員・山本佳世子、飯田真美子)

政府先導で10兆円ファンド 国際性高める切り札

欧米トップ大学の研究力の高さは、独自基金によって経営力と研究力を連動させていることが背景にある。競争力低下が指摘される日本の大学でも同様の好循環を生み出す仕組みが必要とされている。それをまず政府の基金で先導しようというのが、10兆円ファンドと国際卓越研究大学という新制度の狙いだ。

年約3000億円のファンド運用益により、認定された大学には年数百億円ずつ、24年度から配分される。認定を得るためには、寄付を含む民間資金獲得などによる年3%の成長や、教育・研究ではなく経営の切り口で最終的な意思決定をする合議体の設置など、厳しい要件が挙げられている。

末松信介文部科学相は「国内外の多様な人々を魅了し、集め、育成する三つの重要な点を、国際卓越研究大学では重視したい」とし、日本の研究の弱点を克服し、国際性を高める切り札だと強調する。内閣府総合科学技術会議・イノベーション会議(CSTI)の議論などでは、「第二の運営費交付金にはしない」との表現がしばしばされてきた。ここには「日本の研究力の挽回は資金のばらまきでは不可能なため、数大学に実現を迫る」という決意が込められている。

前向きに検討 政府の言いなり懸念も

研究大学はおしなべて同制度を評価しており、早稲田大学など応募を決めた大学も散見される。しかし運用益配分の年数や、大学側拠出とのマッチングなど、まだ不明点が多いことから「検討中」とする大学が多い。

筑波大学の永田恭介学長は「前向きに検討している。本学はまだ伸びる余地が大きく、約20年の間は年3%程度の成長は達成できる」と意欲を示す。同じく検討中の東京工業大学の益一哉学長は「この制度で認定大学が成長すると、研究者も政府の競争的資金も企業の支援予算も、対象大学に集中する」と指摘しつつも、「米国のGAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)のような新規企業を大学などから生み出していく、日本の産業構造の根本的変化が必要だ」と考えている。

もっとも批判も強い。一つは基礎研究や人文・社会科学系の研究がおろそかにされる心配だ。もう一つは学長選考や軍事研究など意見が割れる案件において、トップ・執行部がさらに政府の言いなりになりかねないという危機感だ。認定大学内と国全体の両方で危惧があるとされる。

国際卓越研究大学法をめぐり「稼げる大学法案の廃案を求める大学横断ネットワーク」を組織し、反対を表明してきた京都大学の駒込武教授は、「CSTIは『基礎研究を軽視しない』と言いつつ選択と集中を進めてきた。ファンド運用益は科学研究費助成事業の増額に回してほしい」と憤る。共に活動する指宿昭一弁護士は「政府や財界の意向が、合議体を介して大学に反映されやすくなる。大学自治とは相いれない。学理の探究を担う大学を“稼ぐ研究”の場にしていいのか」と発言している。

“地域振興パッケージ” 地方大が関心、国公私立問わず

一方、多くの大学執行部は「あの制度は自分たちには関係ないから」(ある国立大学の学長)と、もはや関心はシフトしている。同じく内閣府が音頭を取る“地域大学振興パッケージ”に視線を向けているのだ。

国は「ごく一部の研究大学支援に対する批判に対し、『パッケージでしっかり対応する』と強調してきた」(内閣府の大学改革・ファンド担当室)。パッケージは各省庁の多様な支援をまとめたもので、2022年度予算が462億円。21年度補正や関連事業と合わせても、ファンド運用益3000億円との差は否めない。

しかし社会変革に向けて、どのような戦略を各大学が立てるかを問いかけ、実行する大学を応援するという姿勢は一貫している。「世界」を目指す大学にも、「地域・特色」で存在感を示す大学にも、それぞれの後押しを用意したかっこうだ。またこれまでの大学改革や研究支援が国立大中心だったのに対し、国公私立を問わないのもポイントだ。

パッケージの一つである内閣府の新規「地域中核大学イノベーション創出環境強化事業」は5月末の締め切りで50近い大学が応募した。公募期間約1カ月にもかかわらず、競争率は約5倍だ。

自治体・地域産業との連携で年1億円の使途自由の交付金が付き、改革の手だては各大学の自由というのが人気の一因だ。近年、要件を細かくした補助金事業が乱立し、書類を用意する大学の“申請疲れ”を招いていたことも背景にはあるという。

最先端の大型機器など 簡便に活用を

地域・特色大学に対する今後の支援方向の一つは、「共同利用・共同研究拠点」や「大学共同利用機関法人」の活用を促進することだ。

東京大学宇宙線研究所や大阪大学レーザー科学研究所、国立遺伝学研究所や総合地球環境学研究所などは、他大学の研究者の支援が重要なミッションだが、現状では対象が研究大学の研究者に偏る傾向がある。これらの拠点にある最先端の大型機器などがより簡便に広く活用される環境を整えられれば、中小規模大学の研究者による世界的な成果が次々と生まれるかもしれない。

基礎研究に豊富な予算が付く「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」では、対象が大規模研究大学などから地方大学や中小規模大学にシフトしてくる可能性もある。研究大学以外の大学で唯一、WPIに採択されている金沢大学ナノ生命科学研究所が、次の展開に向けたモデルと目される。

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日刊工業新聞2022年6月22日
山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
国際卓越研究大学に認定されそうな大学に、社会の目は向きがちだが、政府の大学研究力支援の全体像を把握する必要がある。大胆な地域・産学連携によるイノベーションをリードする気概があるのなら、地域・特色大学にとっても、国立以外の公私立大にとっても今は絶好のチャンスだ。記事の最後に記述したような、具体的な施策の動向に注目してほしい。

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