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ジョブ型雇用連動のインターンシップ開始へ、突破口は博士学生

連載・本当のインターンシップ #04
ジョブ型雇用連動のインターンシップ開始へ、突破口は博士学生

会見をする文科省担当者ら

「ジョブ型雇用」をにらんだインターンシップが自然科学系の大学院博士課程学生を対象に始まる。文部科学省は企業や大学と連携して「ジョブ型研究インターンシップ推進協議会」を8月に設立しており、後期から実際のインターンシップを開始する。ジョブ型雇用は実務能力の乏しい新卒生には向かないとされる。また、企業は採用スケジュールに縛りがある学部生や大学院修士課程学生の場合、早い段階で行われるインターンシップを採用に結びつけることが難しい。一方、専門性の高い研究業務に携わる博士学生は、それが可能になる。博士人材と企業が互いの魅力を実感し、実社会における博士人材の活躍を広げる踏み込んだ事業として注目される。(取材・山本佳世子)

有給で参加後に評価書を発行

新たなインターンシップはまず、企業が研究業務の内容や必要な能力を提示する。各大学は研究科単位で、学生の希望とマッチングする。学生は大学の正規科目の一環として、2カ月以上の長期インターンシップに参加する。高度専門人材を対象にしているため有給で実施する点が、学部生などを対象にしたインターンシップとの違いとして大きい。

終了後は企業が学生との面談を経て、評価書などを発行する。大学での成績につながると同時にその後、この評価書は採用選考活動に反映させられるという。つまり双方が望めば、研究職に限定したジョブ型採用につながる可能性が高い、というわけだ。博士学生の教育に有益で、産・学とも納得できるよう、文科省などは実施方針(ガイドライン)を策定・公表し、これに沿って企業や大学の賛同を広げてきた経緯がある。

博士学生は就職活動と採用の時期に制限がない。今回のインターンシップも実施する学年や回数に決まりはない。そのため、所属研究室の指導教員の考え方(研究室活動が第一でインターンシップは不要とみるか、イノベーションに向けた学術研究者になる場合でも企業経験は有益とみるか、卒業後の企業活躍を後押ししたいか)と合わせての判断になりそうだ。参加目標は2023年度に120-240人。日本の人材市場からすると多くはないが、これまでできなかった形を実現するものとして関係者の思いは強い。

大学45校、企業45社が参加

協議会発足時の参加大学は45校で、幹事は東京工業大学が務める。旧7帝大を含む国立大をはじめ、大阪府立大学や広島市立大学などの公立大学、早稲田大学や立命館大学などの私立大学が参加する。一方、慶応義塾大学は不参加となった。また、参加企業は45社で、副幹事は日立製作所。ジョブ型雇用の急先鋒だ。大手メーカーが多いが、フィンテックやデータ活用を急ぐ第一生命保険や三井住友海上火災保険など金融業界も参加する。三井不動産や、外資系のエリクソン・ジャパンなども参加した。

博士人材の就職の問題は、有効な解決策が乏しかった。学生のキャリア志向が、採用ポスト自体が限られる大学教員などに偏ってしまう。企業も博士学生を歓迎する業種は、電機・電子や化学・材料などから他業種へとは広がりにくい。研究室の共同研究先や指導教員の紹介といった形もあるが、それもこうした業種に限られたものだ。もっとも学生も企業も、博士の就職・採用は“食わず嫌い”のケースが多いとされ、「本格的なインターンシップでよさを互いに知れば変わる」という思いが、関係者の間には長らく渦巻いていた。

「ここまで踏み込んだ事業は他にない」

実は博士インターンシップはこれまでも一部、経済産業省の事業で行われたり、文科省の博士教育事業「卓越大学院」の中で同様の形が実施されたりした。しかし、今回の取り組みはそれらと決定的に違い、業務の目的や内容、必要な能力を明文化したジョブディスクリプション(職務記述書)に基づく、ジョブ型採用に直結させられる。この数年でジョブ型採用の概念が浸透し、現実になってきたことで可能になった。文科省高等教育局専門教育課は「採用に使える、ここまで踏み込んだ事業は他にない」と自負する。

文科省としては、政府が掲げる「研究力強化・若手研究者支援総合パッケージ」のメニューの一つとして、博士学生の活躍の場を広げたい思いもある。

事務局は先に公募で選ばれたアカリク(東京都渋谷区、山田諒社長)が務める。同社は大学院生や博士研究者など年2000人近くと面談し、就職マッチングをしてきた。その経験から、思考力など汎用的な能力が高く、潜在力のある学生と雇用関係を結ぶ今回の形は、求人広告費が不要で企業にもメリットがあると見る。担当者は「参加企業の中には博士人材採用の経験がないところもあるし、『これを機に博士人材採用やジョブ型雇用を試みたい』と声も出ている。有給である点に不満の声はない」という。

この制度は自然科学系博士学生で先行実施する。企業就職の難しさを踏まえると、人文・社会科学系の博士学生でこそ進めたい取り組みとも言えるため、今後の対象学生の拡大が期待される。修士学生への広がりも、将来的には考えられるかもしれない。その意味でもがぜん、注目される活動となりそうだ。

ニュースイッチオリジナル
山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
就職も結婚も本当は、“お試し期間”があった方がいい。そうしたら「こんなはずではなかった」と転職や離婚につながるケースが、減らせるのではないかと以前から思っていた。採用と直結するインターンシップが、高等教育において意味ある形で実施できる今回の設計なら、お試しがうまくいくのではないか。もっとも、お試しをすることで慎重さが増し、就職も結婚もよりハードルがより高くなる心配もあるだろうか。人生においては、勢いで決断する時もまた必要だ…。

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