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産学官連携で知名度が拡大。弘前大学のキーパーソンの圧倒的力量

文部科学省の大型産学官連携事業「センター・オブ・イノベーション(COI)」が終了まで大詰めに入った。10年後の潜在的課題から取り組むべき研究テーマを設定するバックキャスト型など斬新(ざんしん)な手法を多く取り入れた事業だが、事業期間の9年間に「空中分解してしまった」(COI拠点関係者)拠点も少なくない。現行事業の最終年度を迎え、成功モデルとされる弘前大学と名古屋大学の成果を紹介する。(編集委員・山本佳世子)

弘前大 健康ビッグデータ活用

産学官連携で近年、最も知名度を上げたのは弘前大COIと言えよう。武器となるのは青森県弘前市の岩木地区で健康な住民1000人超の20年近い調査で築いた「岩木健康ビッグデータ」だ。大学・企業など約90機関が参加するコンソーシアムで、各機関は独自研究を同データのデータベース(DB)に掛け合わせて活用する。

COI拠点にコンペティターを含めた企業が机を並べ、全体会議には毎月100人ほどが集まった。当初の競合意識は仲間意識に変わり多数の研究成果、新サービス・商品、疾患予測法などが生まれた。参加企業の半分弱の15社が同大に共同研究講座を開設し、受け入れ資金は年4億円ほどになった。

ここ数年の注目はビッグデータ(大量データ)関連の連携だ。他大学COIの健康・医療DBにおいて一部項目で同じ方法論を導入することで、地域差などを比較できるようにした。さらに発症予想のアルゴリズムで京都大学東京大学などとチームを編成。認知症など20疾患の3年以内の発症を人工知能(AI)で予測するモデルや、個人別の健康改善プランを提案するAI開発で成果を出した。

弘前大COIの村下公一副拠点長は「本学にデータサイエンス分野の研究者が十分いなかったからこそ、早い段階で戦略的なアライアンスが組めた」と説明する。地方大学が特定の強みを基に最先端の知を導くすべは、多くの大学で参考になるだろう。

名大 トヨタ・AGCなど“産産学連携”

名大はトヨタ自動車と組み、高齢者のモビリティー社会を課題に取り組んだ。“産産学連携”を期待に多くの企業を集めるものの、当初は新鮮さに欠けて見えた。しかし旧帝大で最小規模の身軽さを生かし、産学連携の大型化など研究大学共通の課題解決に挑んだ。

例えば通常より1ケタ大きい企業資金を受け、訓練を受けたリサーチ・アドミニストレーター(URA)が進捗(しんちょく)管理する「指定共同研究制度」だ。1年間、分野横断で学内情報を吟味して試行研究するテーマ探索型の共同研究は第1弾にCOI拠点構成機関のAGCと始めた。

「以前はなかった経済団体との強力な連携などメニューが多様化した」(名大URAの柴田裕介COIプロジェクトリーダー補佐)。教育面ではモビリティーの教科書全5巻を発行したのもユニークだ。学際融合の移動の歴史、心理、経済学から自動車のCASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)まで網羅した。

2020年度に始まった後継の「共創の場形成支援プログラム(COI―NEXT)」では、地域・産業社会の資源フル活用が焦点となる。名大はCOI―NEXTに採択されたが、まだ確固とした内容になっていない。事業予算が圧縮される中、次の戦略をどうするかは各拠点で大きく分かれてきそうだ。

関連記事:本格化する文科省の「共創の場形成支援」。産学官拠点の自立なるか

日刊工業新聞2021年8月12日
山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
弘前大のとんでもない展開は、村下副拠点長の力量によるところが大きい。自治体出身と聞くが、どうやって尋常でないこれだけの展開にもっていけるのだろうか。理由の一つは、講演が得意であちこちで話してまわり、プロジェクトの魅力を実感した聴講者が、仲間に入ってくる、というのがあるだろう。「日によっては講演が3回ということも」というから、その熱意は尋常ではないといえるだろう。

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