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東大、京大に次ぐ存在感。東北大の変化を東日本大震災10年から探る

東大、京大に次ぐ存在感。東北大の変化を東日本大震災10年から探る

世界と地域の活動を両立させる東北大本部棟(同大提供)

2021年、東日本大震災から10年。東北大学は以前と異なる存在に生まれ変わった。被災経験から社会のための研究を考える中で部局の壁を乗り越え、被災地住民の健康支援の大規模データ解析で未来型医療を推進。新型コロナウイルス感染症の対応では、当時の経験を生かした。多くの国立大が目指す「地域貢献と世界的な研究の両立」に見通しをつけて、社会連携による新たな大学経営を打ち出した。

<新型コロナ対応> 被災経験、今に生きる

全国の大学に非常時対応の激震をもたらした新型コロナウイルス感染症。授業計画に学生支援、研究の停滞、付属病院がある場合は重症患者受け入れなど右往左往となった。その中で、何がきても大丈夫と自信を持って、柔軟に対応できたのは東北大だ。東日本大震災という大規模自然災害を経験した、世界でもまれな総合大学だ。

同大の当時の被災は、沿岸部病院と比べ甚大でなかったため、病院の医療スタッフが毎日約50人、津波の被災者救護で東北沿岸部に出向いた。接触の薄かった各診療科の混成部隊がバスに揺られ、体験を語り合い新たな関係を紡いだ。研究プロジェクトも学生ボランティアも自発的に続々と立ち上がった。青木孝文プロボスト(総括理事)は「大学は本来、ボトムアップで動き始めるもの。組織として戦略はその後に固めることが望ましい」と、この時の動きに誇らしげだ。

新型コロナでの重症者受け入れや機器・薬の不足も、震災と重なり決して前代未聞ではない。「3・11で使えず、根本から立て直した事業継続計画(BCP)が役立った」と、全学の感染対策委員長を務める大学院医学系研究科の児玉栄一教授は説明する。災害の種類によらず上司の判断なしでも、BCPに目を通した現場担当者が、決断できるようになっているという。

一般に旧帝大の付属病院は先端医療に特化し、私立を含め地元の医科大学が地域医療を担当する。しかし医大が林立していない東北地域では、地域医療も同大がリードする。世界的研究につながる住民の健康データ収集がスムーズなのも、この特性が影響している。

<大型研究拠点>地域と密に産業振興

ToMMoのバイオバンク。400万本の生体試料を保存し、他研究機関に提供している

研究面では災害復興新生研究機構が震災1カ月後に立ち上がった。この中から後に政府の支援を受け、世界的な大型研究拠点を形作る、東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)と東北大災害科学国際研究所が生まれた。 原信義理事(社会連携・震災復興推進担当)は「生々しい被災体験で『従来の研究活動では何が足りないか』を実感したことが、前に進むモチベーションとなった」と振り返る。新型コロナや持続可能な開発目標(SDGs)の研究プロジェクトに力を入れる大学は多いが、実体験を通した思いという点では、同大は他に負けない強みを持つ。

同大の復興には国費の支援に、自己財源のキャンパス再編が重なった。土地売却の260億円を使った青葉山新キャンパス(仙台市青葉区)への移転、同地での産学官連携拠点の整備、地下鉄敷設などで仙台市や宮城県とより密接になった。

17年。同大は東京大学京都大学と並んで指定国立大学のトップバッターに決まった。指定理由には成果が出始めた2研究拠点や産学連携拠点が挙がった。東北大は3番目の旧帝大として発足した時も県や民間に資金支援を仰ぎ、全学国費の東大、京大と違う社会意識を持っていた。

東北地域は日本の面積の18%だが、実質域内総生産(GDP)は6%と産業が弱い。それだけに地域と大学のウィンウィンが欠かせず、ベンチャー創出支援も地域の産業振興が大事な要素だ。東北大のアクションは研究大学、総合大学、地方大学のどの切り口でも、引きつけられるものとなっている。

東北大学総長・大野英男氏インタビュー・未来を紡ぎ世界と伍する

―近年、東大と京大に次ぐ3位の存在感を固めてきた印象です。

「立ち位置は大阪大学名古屋大学と同じだと思うが、違うストーリーを持つ最大の理由は震災経験だ。以前は我々も、工学部と医学部など学内部局でも壁があった。しかし震災を経て『社会とともにある大学』として役立とうと真剣に考えると、壁があっては動けない。変えなくてはという思いが胸に刻まれ、全学的にそれまでとは異なる局面に入っていった」

―子会社ベンチャーキャピタルの2号ファンドでは、投資対象を東北6県プラス新潟県の大学関連に拡大しました。他の大学では出てこない発想です。

「震災以前に比べて、身近な周囲を意識するようになったのが一因だ。今は地域が直面する少子高齢化や人材育成の問題から、その先の新しい日本を見据えている。また小さな課題の解決だけでなく、“未来を紡ぎ出す”意識で世界トップの大学と伍(ご)していく。その意味で地域であり世界であり、双方に影響力のある大学にならなくてはいけない」

―22年度からの国立大学の第4期中期目標期間の在り方として、経営を政府管理型から社会対話型に変えることを提言しました。

「従来、国立大は予算をほぼ一元的に握る政府にばかり目を向けていた。文部科学省に求められる膨大な量の法人評価の資料を、大勢の常勤職員が労力をかけて用意してきた」

―税金の使い道についての説明責任とはいえ、教職員の負担に比べて有効性は高くないといわれています。

「そこで利害関係者(ステークホルダー)との対話によるエンゲージメント型への転換を呼びかけている。これは自治体や産業界、学生保護者などのステークホルダーの関心に対応した活動を、大学組織として約束するものだ。社会の課題を自分ごとととらえ、ともに新たなものを創り出す協創により、資金を含めた支援を社会から得ていく形を作りだしていきたい」(編集委員・山本佳世子)

DATA/VB26社に52億円投資

政府出資の国立大子会社のベンチャーキャピタル(VC)は東大、京大、阪大、東北大にある。東北大VC「東北大学ベンチャーパートナーズ」は15年設立。1号ファンドでベンチャー(VB)26社に52億円強を投資した。

分野は一般に医療・バイオとITが多い。対して東北大VCは同大が強い素材・材料が23%、エレ・デバイスが19%と比較的、多い。機械・加工の8%も含め、地場産業に関わるモノづくり支援の色が濃い。

東北大発VBは16年度53社が、19年度121社と2.3倍に。全国の大学平均1.4倍を大きく上回る。30年までに100社追加を目指す。国内未上場VBの想定時価総額ランキングは、新水素エネルギーの「クリーンプラネット」が2位だ(スタートアップデータベースによる20年9月の調査)。2号ファンドは20年10月、東大に次ぐ2番手で設立した。

KEYWORD<ToMMo>

全遺伝情報(ゲノム)を活用した未来型医療を進める東北大の組織。時限組織だが21年度からの2期目の運営も決まった。妊婦を中心とする3世代など、宮城・岩手両県の健常者の住民15万人超で、生体試料を3―5年ごとに集めビッグデータ(大量データ)を解析。長期追跡で、各人に合った個別化医療につなげるのが目標。地域住民の長期健康支援と若手医療者・研究者を引きつけることで、地域貢献と世界的研究の両立につなげられている。

日刊工業新聞2021年1月4日
山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
2011年3月の東日本大震災後、私は4月の電話取材、夏の現地取材でいくつもの記事を執筆した。「授業を(大方の予想より早い)4月25日から再開」「大学の被害金額、試算は558億円」「青葉山新キャンパスに災害復興新生研究機構(現・災害科学国際研究所)の建物を建設」「井上総長インタビュー 研究の蓄積を地域復興支援に生かす新たな使命」(以上、見出し+内容の再構成の文言)などだ。大学自身が被災し大変な中で、津波で被害がより深刻だった沿岸部に、医療スタッフを送り出すという姿勢を含めて、私は「東北大は研究と社会・地域貢献が結びついた、類を見ない大学に変わっていくのではないか」と感じた。それから10年。昨秋に新型コロナの注意を払いつつ現地を訪れ、元旦の記事にまとめた。まだ第二、第三の記事を予定しており、ぜひ続けて読んでもらいたい。

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