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東大から全国へ。次期総長が語る資金調達の秘訣

東大から全国へ。次期総長が語る資金調達の秘訣

東京大学

国立大学の社会連携の理想の一つは、産業界などの賛同を得て財務体質を強化することだ。東京大学は産学連携により1企業から10年で100億円、200億円という資金を獲得し、国立大初の大学債200億円も発行した。次期総長の藤井輝夫理事・副学長(財務、社会連携・産学官協創担当)に「大学が公共を支える新たな仕組みを、東大から全国に広めたい」という思いを聞いた。

―総長の選考過程で主張したポイントは何でしょうか。
 「世界の誰もが行きたくなる大学、社会から共感を得られる大学にすることだ。最も大切なのは人だ。学生も教職員も生き生きと、研究など創造的な活動に使う時間を確保する必要がある」

「それを支える(資金確保の)手段として、学外に目を向けて連携や財源多様化を進めてきた。一方、学内の体力強化に重要なのは時間だ。新型コロナウイルス感染症を機に、事務のデジタル化など業務のやり方を変えていく」

―東大は産学「協創」という言葉にこだわっています。
 「どのような未来社会を目指し、どういった方向で進むのかを、産学が協調してビジョンを創ることから始めている。自治体や、持続可能な開発目標(SDGs)を重視する日本証券業協会など多様な組織との関わりもそうだ。『大学は無形の価値を生む』と認めてもらい、それに応えていく関係だ」

次期総長の藤井輝夫理事・副学長

―研究成果に合わせた共同研究費を受け取るのとは違う、と。
 「そうだ。例えばダイキン工業との間では多数の社員が学内研究室を回ったり、学生が同社の世界拠点でインターンシップ(就業体験)をしたり、幹部同士がラウンドテーブルで議論したりする。重層的に人が動いており、その価値に対するスケールの資金を用意してもらっている」

―あえて大学債を発行した狙いは。寄付の東大基金の運用益でカバーできる額だと聞きました。
 「企業の内部留保など、日本社会で眠るキャッシュを動かしたいという動機があった。『大学が社会との対話を通じて、マーケットから資金を調達する』というアクションで、実現するのがポイントだ。大学が公共を支える活動の資金になるため、社会的な課題解決に取り組む社会貢献債(ソーシャルボンド)と位置付けた」

―理解を促すコミュニケーションが欠かせませんね。
 「投資家向け広報(IR)の統合報告書をはじめ、寄付など大学を支える人の思いを反映した使い方をしていることを積極的に伝えている。多様な手だてを他大学にも参考にしてもらいたい」

【略歴】ふじい・てるお 93年(平5)東大院工学系研究科博士課程修了、同年東大生産技術研究所客員助教授、07年教授、15年所長。18年副学長。19年理事・副学長。21年4月に総長就任予定。東京都出身、56歳。

【記者の目/明確なリーダーシップを期待】
相手の話を聞き、共感を広げて物事を決めるタイプだと聞く。取材で回答に抽象的な面があったのも慎重派ゆえだろう。一方、今回の次期総長の選考会議に対し、学内から不透明だと不満が出たことは、組織内の対話不足を現している。それだけに就任後のコミュニケーションと明確なリーダーシップを期待したい。(編集委員・山本佳世子)

出典:日刊工業新聞2020年12月10日

選出時の抱負は?

出典:日刊工業新聞2020年10月5日

東京大学は、五神真総長(63)の3月の任期満了に伴い、次期総長予定者に藤井輝夫理事・副学長(56)を選出した。任期は4月1日から6年間。五神総長が掲げる知的集約型社会、学外組織との協創、未来社会創造を指揮してきた。藤井理事は「デジタル化を含め、(大学の)運営・経営のあり方を考えたい」と抱負を述べた。

ダイキン工業から100億円、ソフトバンクから200億円の支援を取り付けたり、国立大で初めて大学債を企画したりして研究大学が外部資金を得る仕組みの確立に取り組んできた。専門は応用マイクロ流体システム。

日刊工業新聞2020年12月10日
山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
国立大の財務体質強化という各大学執行部の最大級の関心事を、実際にリードしてきた人材が東大トップに就く。しかも対話重視派だ。東大一人勝ちをよしとするのではなく、日本全体の改革リーダーになってほしいと切望する。これは近年の経歴に人柄がはまってのものだ。一方、ずっと生産技術研究所だったことから、やや不得意な分野は教育だろうか。また第二工学部としての歴史がある生産技術研究所は、全学の2割と1大勢力の工学部・工学系研究科の良きライバルだ。とはいえ総長選考では、法人化直後の西尾茂文先生や、前田正史先生ら生研所長が、候補になるも破れていた。まだ手が回っていないが、生研出身者のトップという意義についても今後、周辺取材をしてみたい。

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