スペシャルインタビューねぎっこさん

他のメンバーの大きな支え

―苦しい時期も長かったと思いますが、それでも続けてこられた一番の理由はなんだと思いますか。

先が見えなくてつらいなって思う時もありました。他の2人のメンバーも何回か辞めたいと思った時期があったんですが、そのたびにメンバーやスタッフが支えてくれて、頑張ろうって思えました。3人が同時に辞めたいと思ったら終わっていたと思うのですが、それぞれが支え合って続けてきました。

―大学との両立で、他の2人のメンバーに迷惑をかけてしまったな、と考えてしまいますか。

考えます!大学4年で研究室に入った時点で、決められた時間は研究室にいなければいけなくて、その時間に仕事が入ることが多かったんです。仕事が気になりつつ、でも研究室を休むと今年で卒業できなくてもっと迷惑をかけてしまう。「申し訳ないけれど今年一年間はよろしくお願いします」と、出られない仕事は2人で活動してもらっていました。すごく迷惑かけたなと思いましたし、卒業してからはしっかり仕事を頑張ろうと思いました。

―忙しい中で、両立してこれた秘訣は。

研究に集中するときは研究に没頭し、終わったらぱっと切り替えてレッスンに行こう、と。時間管理は苦手なのですが...切り替えは意識していました。

「もっと新潟の人に認めてもらいたい」

―2015年4月より、新潟薬科大学の特定研究員に就任しました。

「新潟大学で学んでいた」という私の新聞記事を新潟薬科大の学長がたまたま読んだことで、お声掛けいただきました。「記事に載っていた人が素朴だなーと思って選びました」と言われて、Negiccoをやっていたことが生きたなと思いました。 まだ本格的な活動はこれからですが、健康・食・環境などをテーマに活動してほしいと依頼されています。健康も食もあまり学んできていないテーマなので、新しい道を開拓できるのでは、と興味を持っています。大学の宣伝キャラクターとしても活動しています。高校生向けのイベントなどもできたらいいですね。

スペシャルインタビューねぎっこさん

提供:新潟薬科大学

―「新潟のご当地アイドル」としてずっと活動されてきて、最近になって変わってきたことはありますか。

新潟の企業さんがCMなどに起用してくださるようになったのが本当にここ最近で、それまでは新潟の皆さんにNegiccoの存在を認めてもらえていなかったように思います。イベントに出ても、「Negicco出てる(笑)」という冷ややかな感じが続いていました。 でも、そういう人たちに「Negiccoってすごい」と認めてもらえるようになろう、という負けず嫌いな気持ちでメンバー3人ともずっと活動してきました。新潟の人に認めてもらえるアイドルになりたいなと。

―そんな状況を打破する転機になったのは。

「全国ご当地アイドル」のナンバーワンを決めるイベントです。出場するにあたって、「ここで負けたら活動続けられないだろうな」と思って挑戦し、優勝することができました。 優勝後に、新潟県知事と新潟市長に報告に伺ったのですが、「新潟を背負ってこれから頑張ってくださいね」と言われたときに、「ああ、やっと認めてもらえたのかな」と。そこからイベントでも地元の人から「おめでとう」と言ってもらえるようになりました。そういう存在になれたことが嬉しいですし、もっと新潟の人に認めてもらいたいという気持ちもあるので、これからもいろいろ活動していきたいです。

―応援してくれる方もかなり増えたことと思います。

ずっと応援してくれているファンの方も多いですが、最近では女性のファンや親子ファン、年配の方も増えています。楽曲が好きで入ってくれる方もいるので、幅広いファン層になっているなと感じています。

―新潟をPRする活動も積極的ですね。

ライブに出るたびに、新潟から来ましたと言ったり、新潟の名物を紹介したりしています。新潟のPRソングも歌っています。新潟は食べ物がおいしい。特にお魚がおいしくて、寒ブリ、のどぐろが好きです。日本酒もおいしいですね。あまりお酒は飲めないのですが。 また、日本、中国、韓国の3カ国で「東アジア文化都市」というものをやっていて、今回日本の代表都市が新潟市です。この一環として、先日韓国でライブをしてきました。3人で言葉を覚えていってライブで披露したら、観客のみなさんがすごく喜んでくれて。もっといろいろな国に行ってみたいなと思います。

―8月にはNegicco史上最大となる日比谷野外大音楽堂でコンサートを行いました。

ずっと立ってみたい、けど出られないんじゃないか...と思っていたステージに立てて、すごく嬉しかったです。数秒でライブが終わったんじゃないか、というくらいあっという間に終わってしまって。次の目標は武道館でのライブです。