スペシャルインタビューねぎっこさん

新潟を盛り上げたい!

新潟のご当地アイドルとして2003年から活動を続けているNegicco。長い下積み時代を経て実力と人気を増し、今年8月には日比谷野外大音楽堂にてコンサートを行いました。
メンバーの一人、Kaedeさんは忙しいアイドル活動と学業を両立させて新潟大学工学部を卒業。今年4月から新潟薬科大学の特定研究員に任命されました。「子供の頃は勉強が好きだった」という彼女がなぜアイドルになったのか、どのように将来の道を決めていったのか、さらに地元新潟への想いを聞きました。

理科や自然環境に興味


―Negiccoは今年で結成13年目と、アイドルグループとしては長い経歴です。

活動を開始したのは小学6年生の時です。習い事の一環として小学4年の頃から新潟の芸能スクールに所属していて、その時にNegiccoのオーディションの話が来ました。もともと引っ込み思案を直そうとスクールに入ったこともあり、度胸試しや経験のつもりでオーディションを受けました。芸能界に進みたいとか、アイドルになりたいとかいう気持ちはなかったですね。

―子供の頃、歌って踊ることが好きだったのでしょうか。

いえ全然。音楽番組も見たいと思わなかったし、テレビもそんなに。小学生の頃は理科や自然環境に興味がありました。勉強が好きで、小学校の授業でつまずくこともなかったですね。与えられたことをやるのが好きというか。 スクールに入ってからは歌やダンスが好きになって、友達と地元のお祭りに出たりしていました。

―Negiccoの活動と、学校との両立は大変でしたか。

結成当初はJAさんと活動を行っていたので、農業祭や町のイベントなどで「やわ肌ねぎ」のPRを一カ月間行っていました。PR期間が終わった後も中高時代を通して平日は学校に行き、土日を中心に地元のお祭りなどに出るなど活動を続けていました。授業は受けられていたのですが、土日の体育祭など学校行事は休むことが多かったです。

―高校時代、Negiccoの活動と大学進学との間で葛藤があったと思います。

大学受験にあたり、Negiccoを辞めるつもりでした。スタッフやメンバーにも伝えていて、富山大学薬学部への進学を目指していました。ですがちょうどその時、オーディション番組出演の話が来たんです。優勝するとメジャーデビューできるというもので、「これはぜひ受けなければ」と、3人で挑戦しました。何カ月もかかるオーディションだったのですが、その期間中に受験の時期が差し迫ってきて。悩んだのですが、富山に行くのではなく、地元の大学に進めばNegiccoの活動が続けられると思い、新潟大学工学部化学システム工学科に進学しました。

―薬学部に進学したかったということで、薬剤師を目指していたのですか。

中学生くらいから「将来は薬剤師になる」と決めていました。また、もともと皮膚がすごく弱くて、シャンプーやリンスも肌に合わないと少し触れただけで湿疹が出てしまうんです。「自分で作れるようになったらいいな」と子供の頃から考えていて、薬学部に進めばそういった研究もできるかなと。 でも大学のオープンキャンパスに行ったとき「今からラットの解剖体験をします」と言われて気持ち悪くなってしまって、その場にすらいられず退出することに。「これは無理だな」って、くじけちゃいました。

―大学では薬学系に近い研究をされていたのですか。

化学システム工学科は「化学の力を生かして生活に生かせることを研究する」ということを学ぶ場です。4年で研究室に入ってからは、カルシウムなどを使い人工骨を作る実験をしていました。

就職ではなく、アイドル一本でやっていく決意

―Negiccoの活動も大学在学中の2011年に転換期を迎えました。

2011年にタワーレコードさんのレーベルに所属することになり、そこからライブなどを中心に幅広く活動するようになりました。大学との両立は、正直すごく大変でした。Negiccoは新潟東京間を車で移動しているのですが、東京での仕事が深夜に終わってそこから車で移動し、朝新潟についてそのまま授業に出ることも多くて。テスト期間には、昼テストを受けて夜東京でライブ、また次の日朝からテストを受けることもありました。

スペシャルインタビューねぎっこさん

―その大変な状況を、どうやって乗り越えていったのでしょう。

中学から高校に進学するときに、1~2カ月お休みをもらったことがあったんです。でも全然勉強に集中できなくて、その時に「私は両方ないとだめなんだな」って気づきました。なので大学受験ではお休みをもらいませんでしたし、両方やりきるという気合いで続けました。父親にも、「お前は両方やらないとだめになるタイプだから」と言われて、よく見ているなーと思いましたね。

―お父様はアイドル活動にあまり賛成していなかったとか。

そうですね。私は卒業後、就職よりNegiccoの活動をメインにしたいと考えていました。でも父から「Negiccoはもう辞めて就職しなさい」と言われたら、就職する気持ちではいました。 いざ卒業を控えた時に、母から「卒業後はKaedeのやりたいようにやらせてあげたらいいんじゃないかと父が言っていたよ」と言われて。父がそういう風に言ってくれることは今までなかったので、「本気でアイドルの道に進もう」と決めました。

―大学で興味のあることを学びながらも、就職するのは違うな、という気持ちがあったのですか。

勉強はもちろん楽しかったのですが、この道に進むのは向いていないと思いました。まわりの先輩や同級生は視点が違うな、と思うことが多かったんです。もともと高校も大学も、成績を見たときに評価がいいのは文系科目で、理系科目は全然点数を取れ ていなくて。でも興味があったので理系の道を進んできたのですが、就職したら苦労 するなという予感がしていました。

―点数が取れなくても強い興味のもとで進んできた理系の道を、あきらめるのはもったいないような気がしますけれど...

大学1年の時には、院に進むとか公務員試験を受けるとか考えていました。でも大学4年の時点でNegiccoの活動が盛り上がって楽しくなってきて。今辞めたら絶対後悔すると思いました。

―Negiccoをメインにやっていこうと決意したきっかけは。

大学4年の時にちょうどデビュー10周年で、取材も多く一番忙しくて。でも、ふと冷静になると、昔はこんな状況になるとは思ってもみなかったなと考えたり。10周年は大きなきっかけになりました。