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どうなるモノづくりの町、東京・大田区の20年問題

使用期限迫る工場アパート、移転迫られる入居企業
どうなるモノづくりの町、東京・大田区の20年問題

大田区の工場アパート「テクノWING」の一室。入居する48社のうち22社が3年後に期限を迎える

 古くからモノづくりの集積地と称されてきた東京都大田区。近年は交通アクセスの良さから、マンションが増えている。騒音やにおいなどが発生する工場が住宅と共存するのは困難で、経営を継続するのが難しい町工場も増えている。そこで同区は、機械などを置いて製造業を営める“工場アパート”を建設した。ただ、そこには区が建てたがゆえの問題が含まれる。現状の課題と将来の展望を追った。

「仲間まわし」に影響−使用期限の延長求める


 「工場アパートがなければ当社はとっくにつぶれていた」と入居当時を振り返るのは、シモン精工の下原進社長。大田区内で機械部品製造業を営んでいたが、引っ越し先探しに苦戦している時にタイミングよく工場アパートが完成。入居が決まった。しかし入居から17年、使用期限という壁が立ちはだかる。

22社が「あと3年」


 同社が入居するのは、大田区本羽田にある「テクノWING」。現在48社が入居している。ただ区設区営の同アパートは公共施設のため、使用期限がある。現在の期限は入居から20年。シモン精工など22社が3年後に期限を迎えるが、引っ越し先は見つかっていないのが現状だ。

 入居当時からどの入居企業も使用期限を承知していた。好景気だったため、多くの入居企業が期間内に事業の足場を作り、引っ越せると見込んでいた。「20年もあれば足場を固められたはずでは」という第三者の声も聞かれるが、リーマン・ショックによる不況の波は予想以上に大きく、予定通りにいかなかった。多くの入居企業が事情を考慮した上での使用期限延長を望んでいる。

 また、17年間で中小企業が連携して一つのモノを加工・製造する「仲間まわし」の輪ができあがっており、移転をためらう企業もある。同じくテクノWINGに入居するオースギの大杉憲二社長は「当社はアパート内の企業に仕事をお願いしているため、このまま続けられるのがベスト。また仕事を頼める先が減るのではと危惧している」と切実だ。

集積維持の課題に


 移転を選択しても、工場の場合は電圧などの条件考慮が必要。物件探しに時間がかかる。機械の移動を伴うため、資金調達も必要だ。余裕のない中小企業にとって大きな負担となる。

 区の工場アパート担当者は、「今後、工場を操業できる空き物件情報を集めるほか、移転助成金の案内も提供していく。大田区産業振興協会のサポートサービスなども併用し、アパート退去後も継続できるように支援していく」としている。きめ細かく迅速に対応していく考えだ。

 東京都大田区は、地域企業のネットワークを生かしてボブスレーのソリをつくる下町ボブスレープロジェクトをはじめ、“製造業の集積地”を区のアピールポイントとしている。しかし工場は減少を続け、ピーク時9000以上あった工場も現在は3500以下だ。現状維持および製造業の発展を進めるのであれば、工場の操業場所確保は大きな問題となる。現在二つの工場アパートを所有し、一つを賃借しているが、今後も使用期限問題は起きると予想される。

 そこで同区は補助金制度を整備。民間企業による工場アパートの建設、運営を進めている。将来は使用期限のない工場アパートを建設し、騒音、悪臭などで継続が困難となった企業を受け入れたいとしている。高い技術を残すべく、試行錯誤が続く。
(文=南東京・門脇花梨)
日刊工業新聞2017年7月7日
尾本憲由
尾本憲由 Omoto Noriyoshi 大阪支社編集局経済部
頼りになるのはご近所さん。それは住民であっても企業であっても変わらない。仲間同士のネットワークを強みとする中小モノづくり企業であればなおさらだろう。工場アパートに入居期限を設けてしまった時点で、今回の問題が生じるのは不可避だったかもしれない。一方で都心に近く羽田空港も擁する大田区の立地の良さは、マンションやオフィスビル、商業施設にとっても一等地。モノづくりの集積地とのバランスをどう取るのか、なかなか悩ましい問題だ。

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