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新しいメディア、ラジオの可能性

スマホで負け組から一変、「ラジコ」から学べること
 ラジオの使い勝手が飛躍的に向上している。インターネット経由で放送を受信できる「ラジコ」の機能が充実してきたからだ。スマートフォンでも聴けるのでラジオを買い替える必要もない。おかげで昨夏ごろからラジオを聴く頻度が上がった。休日は放送時間に合わせ、家事や食事、運動を行うまで生活に密着している。

 ただ、困ったことに春の番組改編で一部の放送時間が変更になった。番組の進行度合いが時計代わりになっていたので、時間の感覚が狂ってしまうのだ。ラジコのタイムフリーという機能が、その懸念を払拭(ふっしょく)した。1週間以内なら聞き逃した番組を再生できる。これなら以前の時間に合わせて聞き返せばいい。エリアフリーという機能もあり、料金を払えば全国ほぼすべての局の番組も聴ける。

 少し前はラジオも新聞もネット時代では負け組に数えられていたかと思う。だがラジオは、電波の受信装置こそ廃れつつあるものの、スマホを受信機に新たな道を切り開き、課金システムを確立しつつある。

 同じメディアの世界にいて、少しうらやましくも感じる。新聞はネット化にうまく対応できず、試行錯誤が続いている。ラジオを見習って、次の一手を繰り出したいものだ。

日刊工業新聞2017年5月26日


                   


被災地で活躍、“ラジオの時間”再び


 東日本大震災ではテレビや電話、インターネットといった情報収集手段が機能不全に陥った。その中で存在感を大いに示したのが端末と乾電池があれば情報が得られるラジオ。ただ、非常時の情報収集手段としては他のメディアに引けを取らない一方、日常生活での存在感は薄まるばかり。業界ではラジオを再び人々の生活に密着させるべく取り組んでいる。

 「復興への道のりは険しいが国民一人ひとりが力を貸してほしい」。枝野幸男官房長官はラジオ放送を通じてこう国民に語りかけた。政府は3月28日から東日本大震災の関連情報を伝えるため政府広報によるラジオ番組「震災情報官邸発」の放送を開始。震災関連情報を官房長官などが直接伝えることで、国民の理解と協力を得るのが狙いだ。

 TOKYOFM系列の全国38局で毎日19時55分から22時の間で5分間放送している。ラジオ福島(福島市)やエフエム福島(福島県郡山市)では、東京電力福島第一原子力発電所の事故への不安や避難・屋内退避している被災者の生活に関する疑問に答える番組も用意。「守ります!福島―政府原子力被災者生活支援チームQ&A―」と題して情報を発信している。

 さらに被災地では「おおふなとさいがいエフエム」「そうまさいがいエフエム」など、コミュニティーFMや有志が運営する臨時災害放送局が次々に開局。臨時災害放送局は災害時に必要な情報を被災地に届ける目的で、主に自治体などに開設される。総務省によると16日現在で岩手、宮城、福島、茨城の4県で20局が情報発信に全力を挙げている。
復旧・復興について語り合うラジオ石巻(2011年3月31日)

 ビデオリサーチによる2月の調査(有効回答数2826人、男女12―69歳を対象)では大規模災害が発生した際の情報収集に欠かせないメディアとしてラジオと回答した人が全体の80・1%に上る。

 災害時の情報収集手段として有効なラジオだが現状は厳しい。ビデオリサーチの調査では19歳までの聴取率は1・0%(11年2月時点)と低く、新しいリスナーを獲得できていない。こうしたことを背景に民放ラジオの収入も減少を続けている。

 2008年度にはラジオ社全体の当期損益が初めて赤字に転落。09年度は黒字転換したものの苦境は続く。外出時の情報収集手段は携帯電話などにシフトし、特に若い世代はラジオから離れるばかりだ。

 都市部を中心とする受信環境の悪化もラジオ離れの一因となっている。AM放送ではビル陰、高層ビルやマンションの増加による難聴取、電化製品による電波への影響などが顕著。また都市部に限らず九州や中国・四国地方では夜間の外国波混信による難聴の改善要望が多い。

 FM放送も建築物の壁が厚くなったり、窓ガラスがシールド化されたりして、屋内の電波強度が低下している。

 さまざまな課題を抱えるラジオ業界だが、ただ手をこまねいているわけではない。インターネットを利用した番組配信など伝送路の多様化で難聴取、ラジオ離れに歯止めをかける取り組みを加速させている。

 民放局などが共同出資する「radiko(ラジコ)」は、インターネットを介してパソコンや携帯端末などへの試験放送を10年3月に始めた。ラジコはインターネットを介して配信するサイマル放送(電波で放送しているものと全く同じ編成の番組を同時に流す)サービスで登録などの手続きは一切不要。

 ホームページ(HP)にアクセスするだけで、雑音のないラジオ番組が聴取できる。現在、関東・関西地域の13局が本配信を開始。10月にはさらに17局が本配信を控えている。

 ラジコは聴取機会の拡大に大きく貢献。パソコンやスマートフォン(高機能携帯電話)への配信で、若者層や女性層の取り込みに力を入れる。「若者のラジオ離れという言葉を聞くが、そもそも今の若者はラジオを知らないというのが正しい表現では」(ラジコ)。スマートフォンなどで気軽に楽しめる新たな視聴スタイルを定着できるかが成功のカギを握る。

 パソコンで聴取する場合はラジコのHPにアクセスして、聴きたい放送局をクリックするだけ。スマートフォンでも無料のアプリケーションをダウンロードすればすぐに聴ける。

 番組内でかかった曲をメモしたり検索したりできる機能も持ち、使い勝手にもこだわった。ただし、サービスの利用可能地域がラジオの配信エリア内に限定されるほか、一時停止や過去の放送を聴けないといった制限もある。
被災地の情報収集にラジオが活躍した(宮城県気仙沼市)

 ラジオ業界にとって、広告収入で競合するインターネットへの配信には抵抗もあった。ただ、時代の流れもあり「現状を打開するために(ネットを)受け入れざるを得ない状況だった」(業界関係者)という。ラジオのネット配信については、NHKも10月をめどに実験配信を始める。

 ラジオ第一、第二、NHK東京FM放送局のFM放送をNHKのHPから配信。今のところ13年度末までの実施予定だが、NHKの参入はネット配信をさらに活発化させる可能性もある。

 高品質音声で画像や動画などの配信も可能なデジタルラジオ(地上デジタル音声放送)も大きく動きだそうとしている。総務省はテレビの地上デジタル放送移行に伴って空く、アナログテレビの周波数帯の一部を地域向けの携帯端末向けマルチメディア放送に割り当てる方向で検討を進めている。

 90メガヘルツ以上108メガヘルツ以下の「V―Low」帯を利用する予定。総務省によれば2月時点で同放送への参入希望は133件あったという。

 デジタルラジオは03年から実用化に向けた試験配信を開始。新たな放送サービスの開発や技術試験を実施し、試験配信は今年3月に終了。V―Lowマルチメディア放送には同試験で使ってきた伝送方式「ISDB―Tsb」の採用が決定している。このため、デジタルラジオはマルチメディア放送の一部として生まれ変わる予定だ。

 デジタルラジオはアナログに比べ、ノイズの影響を受けずクリアな音が楽しめるほか、動画配信や多言語放送も可能。今後のラジオ放送のあり方として関係者からの期待も大きい。
(文=長塚崇寛)
※内容、肩書は当時のもの

日刊工業新聞2011年5月20日

長塚崇寛
長塚崇寛 Nagatsuka Takahiro 編集局ニュースセンター デスク
数ある情報メディアの中で視覚を唯一必要としないラジオは、仕事中でも耳を傾けられる“ながら”を一つの強みとしてきた。伝送路や端末の多様化、コンテンツ充実などニーズをうまくくみ取れば、再び飛躍できるポテンシャルを持つ。いつも決まった時間にラジオから聞こえる顔も知らないパーソナリティーの声を励みにする人も多いはず。ラジオが持つ特徴と日々加速度的に進化する通信の融合は、我々に新たな楽しみを提供してくれるだろう。

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