僕らが伝えよう、スタートアップの極意を。アップル黎明期を支えた2人のカリスマ

 どんな大企業も、初めは小さなスタートアップだった。今や時価総額で世界最大のメーカーであり、製品がファッションブランド並みの人気を誇る米アップルはその代表格といえる。

 1976年、スティーブ・ジョブズ氏とともにアップルコンピュータ(現アップル)を立ち上げ、「アップルI」「同II」を独力で開発し、躍進のきっかけを作ったのが共同創業者のスティーブ・ウォズニアック氏。

 そして、同社元チーフ・エバンジェリストのガイ・カワサキ氏(現在は豪キャンバのチーフ・エバンジェリスト)は84年に登場した「マッキントッシュ」普及の立役者の1人でもある。米国のスタートアップイベントに登壇したアップル黎明期を知る2人が、起業家へのアドバイスを熱く語った。
講演するアップル共同創業者のウォズニアック氏(右)

アップル共同創業者ウォズニアック氏



エンジニアを重視せよ


 自分は部品をつないだり、電子基板を作ったりすることが好きだった。いま職業を選ぶとしたら何になるかというのは難しい質問だが、やはりエンジニアになっていると思う。

 スティーブ(ジョブズ)と私は随分違っていて、自分は偉大なエンジニアに、またスティーブは偉大なテクノロジーを生み出す存在になりたいと思っていた。

 約5年間、彼は私が設計したものの中から面白そうなものを選び出し、商品としてお金に変えていた。いつか会社を作ろうという考えは持っていたが、我々にはお金がなかったし、まだ若くてビジネス経験もなかった。

 折に触れ、彼に話していたのが、自分は他の製品のコピーは絶対にせず、何もないところから製品を作り出すということ。つまり自分はエンジニアリングでお金を稼ぎ、彼にとってなくてはならない存在だったのだ。

 実はコンピューターが生活を豊かにしたり、社会に影響を与えたり、その重要性を話していたのは私の方だ。彼は「会社を作るにはウォズニアックがいなければできない」と誘ってきたが、当初、私はきっぱり断った。

 投資家も私に当時勤めていたヒューレット・パッカード(HP)を辞めるよう言ってきたが、「エンジニアとして生涯HPに勤める」と伝えた。

 結局、スティーブが私の友達や親戚に電話をかけさせて一緒に会社を始めるよう説得され、やむなくHPを退職することに。「新会社には加わるが、あくまで一人のエンジニアとしてだ」と条件を出し、経営にはタッチしないでいいようにしてもらった。政治的なことは苦手だし、自分はただ失敗しない製品を設計したいだけだった。

実はマーケミス連発


 創業時のアップルにはパートナーが3人いた。私とスティーブのほか、会社に投資してくれたマイク・マークラ(会長やCEOを歴任)が経営陣に加わり、マーケティングを担当していた。

 彼はアップルがマーケティングでけん引する会社になるよう主張し、スティーブがマイクからビジネスやマーケティングの技術を学んだ。

 スティーブがアップルという名前の会社を立ち上げ、小さなコンピューターを作った。その成功のカギとなったのは、私の開発した「アップルII」(77年発売)が当時、世界最高の製品だったからだ。

 世界初の表計算ソフトである「ビジカルク」に対応したほか、素晴らしいゲームマシンでもあり、アップルの最初の10年間の全ての利益を稼ぎ出した。

 だが、その後スティーブが作ろうとした3モデルは全て失敗した。一つはひどいマーケティングのミスだった。スティーブも時折、自らマーケティングを担当し、製品をコントロールしようとしたが、1ダースを超える誤った決断を下した。

 例えば、マウスを採用したコンピューターにどれだけのコストがかかるのか理解していなかった。マッキントッシュも最初はプログラムでスティーブが見たい画面が表示されただけで、実はOS(基本ソフト)さえろくに搭載していなかった。

大学復学の理由


 自分の人生を振り返れば、多くの偶然が重なり、若い時に他人の先を歩むことができた。エレクトロニクスやコンピューター科学に出会い、高校の時にはコンピューターも設計した。

 それは自分が偉大な起業家になりたかったからかというと、全く違う。私は自ら学ぶタイプだ。ただ、カリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)で受けた授業のインスピレーションのいくつかは、最小限の部品を使って回路設計する時の手法として非常に役に立ったこともある。

 とはいえ、大学は人生の仕事の大半に影響を及ぼす。若い頃に大学に通い、学位を取得するのは大事なことだと思う。私はUCバークレーで学位を取らないままでいた。

 そこでアップルを辞めた後、会社が有名になっていたこともあり、偽名を使って同校に1年間通って卒業証書をもらった。ロッキー・ラクーン・クラークというのが、その時の偽名だ。

自分に必要なものを製品に


 世界中でスタートアップの重要性をもっと高めていかなければと思う。昔、シリコンバレーで結成されたコンピューター好きの団体である「ホーム・ブリュー・コンピューター・クラブ」に参加していた頃は、個人用コンピューターによる革命について皆で興奮しながら話し合っていた。

 大勢の人たちが集まって議論したが、ビジネスやエンジニアリングの話よりも、参加者のアイデアや動機を聞くことの方がずっと貴重だった。そうしたことが、さらにやる気を起こさせてくれた。

 スタートアップによってステージの違いはあると思うが、アイデアをもとにビジネスプランを書いて、収益予測を作り、資金を調達する。

 調達後はアイデアを実現するためにエンジニアを雇う。だが、エンジニアを後で雇ってはダメだ。エンジニアはプロダクトがどうあるべきか、どう問題を解決するかという全てのプロセスに関わっていなくてはならない。

 会社を立ち上げたら、まずビジネスを成功させるためのビジネスマンが必要になる。マーケティングも重要だ。

 マーケターは他の人にどんな製品がほしいか、彼らにとってどれぐらい価値があるか、聞いたりするが、自分にとって必要なものを製品にするような例もある。そしてエンジニアも忘れてはいけない。ビジネスマン、マーケティング、エンジニア、この三つが重要になる。

【スティーブ・ウォズニアック氏の字幕付き講演映像(フェノックスVC提供)】

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日刊工業新聞2017年5月1日電子版【デジタル編集部・特別企画】

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藤元 正

藤元 正
05月05日
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 前出のスティーブ・ウォズニアック氏、およびガイ・カワサキ氏の講演は、3月24日に米サンフランシスコで開催された「第1回スタートアップワールドカップ(SWC)」決勝大会の関連イベントとして行われた。シリコンバレーを本拠地とするフェノックス・ベンチャーキャピタル(VC)主催のSWC決勝には、日本を含め世界12カ国・地域の予選を勝ち抜いた15社が参戦。自社の技術や事業内容を英語でプレゼンし、優秀さを競った。
 その結果、日本代表で保育園向けにIoT(モノのインターネット)サービスを提供するユニファ(名古屋市中区)が優勝。投資資金として賞金の100万ドル(約1億1000万円)を獲得した。2位は3Dプリンター製のロボット義手を開発する英オープンバイオニクス、3位はアプリ経由で衣類などの洗濯サービスを提供するインドネシアのアリジャサだった。
 優勝したユニファの土岐泰之社長は、4月の会見で、「国内外の投資家から投資の話が寄せられている」と明かした上で、今回の100万ドルの賞金や新規投資を元手に、保育サービスの海外展開に乗り出す計画を打ち出した。子どもの見守りAI(人工知能)といった新技術の開発も進めるという。
 一方、主催者のフェノックスVCでは、18年の第2回SWCについて30カ国・地域に対象を拡大する意向。さらに日本予選は17年10月18日に東京・丸の内の東京国際フォーラムで、決勝大会は18年5月11日にサンフランシスコで開催の予定だ。
 フェノックスVCのアニス・ウッザマンCEOは「言葉は壁ではない。アイデアこそがパワーであることを、ユニファの土岐社長が証明してくれた」と話し、日本のスタートアップのさらなる活躍に期待を示している。

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