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物質の謎、数学で解明。融合研究に無限の可能性広がる

アルキメデスさえ見落としていた新たな多面体を実証
 「数理と化学」や「数理と物質科学」といった融合研究が新しい研究領域を開拓している。有機分子が自然と集まって作る巨大な超分子によって新たな多面体を発見したり、アモルファス(非晶質)の無秩序な構造の中に秩序を見いだしたりと、数学が物質の謎を解き明かす有力な手段として注目されている。物質を数式で記述できれば計算機でシミュレーションでき、人工知能(AI)技術との融合研究への発展が期待される。

 東京大学の藤田誠教授と藤田大士さきがけ研究者らは有機分子で「ゴールドバーグ多面体」を作製した。ゴールドバーグ多面体はサッカーボールのような多面体を幾何学で説明したものだ。藤田教授らは60個の有機分子と30個のパラジウムイオンで錯体を作り、ゴールドバーグ32面体を作製した。

 藤田教授は「アルキメデスさえ見落としていた新たな多面体を化学者が見つけ、合成して実証した」と胸を張る。藤田教授らは有機化学の研究者だが、多面体作製の過程でゴールドバーグ多面体の理論を拡張している。

 従来の理論では一つの頂点に三つの面が接する。藤田研究者が四つの面が接する多面体へと理論を拡張し、正確な構造や歪みを計算した。藤田教授は「設計理論さえできれば、あとは材料を混ぜるだけで簡単に作れる」という。

 ゴールドバーグ多面体は8面体や26面体など、いくつも存在する。どんな多面体が形成されるかは材料の組み合わせで決まる。たんぱく質の超分子構造やウイルスの骨格構造など、巨大分子構造の設計指針として役立つ可能性がある。

AIの出番


 産業技術総合研究所の西尾憲吾主任研究員らは、ガラスなどのアモルファス構造を数列で記述する手法を開発した。従来、アモルファスは構造が無秩序なため、記述するのが難しかった。短い数列で表現できればシミュレーションが簡単になる。

 西尾主任研究員は、アモルファス中の原子の並びを多面体の一種「ボロノイ多面体」の集合体として表現した。多面体一つひとつは複雑でさまざまな形になるが、三角すいや三角柱に分割できる。この組み立て図を数列に落とし込んだ。アモルファス材料設計の高度化などに貢献できる。

 これに対し、東北大学の平岡裕章教授と中村壮伸助教らは、アモルファス構造の特徴について、トポロジー(位相幾何学)を応用した解析手法「パーシステントホモロジー」によって算出した。

 原子間の距離やつながり方に応じた変数を作成した。各原子を中心に球を膨らませると、三つ以上の球どうしが接触して中心に穴ができる。穴ができてから、埋まるまでの膨張距離を2次元座標に示した。

 大きな多員環や小さな少員環など原子の空間配置に応じて変数がかわり、液体やアモルファスなどの状態ごとに特徴的な値になることが確認できた。平岡教授は「特徴を計算機で扱えるようになった。AI技術を使い、物質の性能予測に展開したい」と期待する。

 構造が無秩序のようであっても、その組み立て図や特徴を記述できてしまえばAIの出番となる。スーパーコンピューターで計算し、性能を予測できれば新たな材料設計指針が得られる。数理がつないだ物質とAIの融合研究。その可能性は計りきれない。
(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2017年4月17日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
数学はその波及効果の広さの割にミゼラブル(不幸な)な分野として知られています。数学専用の研究予算が付きにくく、数学×バイオや数学×交通、数学×環境など、異分野融合で外の研究予算をとりに行く必要がありました。そのおかげで新領域を開拓する先生が増え、物質や化学でも成果は目覚ましいものがあります。数学者の進出先では計算科学やデータ科学の研究アプローチが花開こうとしています。一方、新分野開拓は死屍累々の世界でもあります。異分野連携が上手くいかず、やけどした経験のある研究者は少なくないです。成功するまで失敗に耐えるため、研究者の数はある程度、母数が要ります。数学として新機軸を生むためには研究者個人に余裕が必要です。一方、研究には高価な試薬も設備も要りません。企業にとっては費用対効果の高い研究支援先と言えると思います。 (日刊工業新聞科学技術部・小寺貴之)

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