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倫理教育、内部告発、成果の淘汰…「不正研究」を防ぐ最も有効な手段は?

<研究不正・パラダイム転換へ#06>不正を研究者自身が研究する自浄作用を
 研究不正の対策は既存の査読システム以外に費用対効果の高い仕組みがないことが根本的な問題の一つだと言える。不正対策の予算は捻出が難しいため、不正対策の負担を科学コミュニティーに分散させてきた経緯もある。ただ限界も見えつつあり、不正研究の専門組織など、分散と専任のバランスを再考する必要がある。

 一般的な不正対策には「倫理教育」「内部告発調査」「成果の淘汰(とうた)」「企業による評価」がある。倫理教育は、論文執筆の作法などの人材育成策と合わせて実施できるため、比較的コストが低く予防効果もある。ただ個人のモラルに依存し、大学内などでのパワハラである「アカデミック・ハラスメント」の前には効果が薄い。

 内部告発の環境整備は倫理教育と相乗効果があり比較的コストも低い。しかし不正の近くにいる人ほど、研究仲間の人生を損なう告発ができるのか疑問が残る。

 互いに不信感が広がり、告発が増えて調査委員会が乱立すれば委員会につき数百万円単位の出費になる恐れもある。

 一方、成果の淘汰は既存の査読や追試としてこれまでは機能していたものの、制度疲労を指摘する声が高まっている。ある国際化学雑誌の査読者は、「投稿数の半分以上が中国からだが、掲載率は2割以下だ。それでも査読者が大量の論文を読み込むのに忙殺され、多少おかしな論文でも通ってしまう」と悲鳴を上げる。

 これらの既存の不正対策はどれも一長一短であり、この状況を抜本的に変える新しい監査システムが必要というアイデアは以前からあった。

 例に挙がるのがスポーツ界の「アンチ・ドーピング機構」(WADA)だ。コミュニティーが自らの健全性を保つために、運営コストを負担している。学術界でも例えば研究者が組織的に論文を再検証したり、不適切な研究の多い研究室に改善を求めたりと、できる対策は多い。

 ただ「(不正対策で)先進国で警察のような仕組みを採用する国はない」と文部科学省科学技術・学術政策研究所の松澤孝明総括上席研究官は説明する。

 専門組織はコストが大きく、不適切さの基準や公平性の担保も難しい。論文の全数検査はほぼ不可能だ。

 科学が査読と淘汰という低コストな仕組みに支えられてきたため、コストの高い仕組みを導入できずにいるのはある意味で当然の反応だ。

 コストとは別に、研究力向上などのメリットも必要だ。例えば監査では研究者が再検証を担うことで、予想外の発想や議論が起こる可能性もある。

 また、監査の質やモチベーションを保つことは兼業では難しく、専門組織が必要になるだろう。不正の研究は経営学や社会学にも展開できる。不正を研究者自身が研究することこそが本来の自浄作用につながるはずだ。
                  

日刊工業新聞2017年4月4日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
 監査機関のような専門組織の運営が難しいなら、研究不正を研究する学者を増やそうというのは自然な発想です。企業の不正やコンプライアンス、ガバナンスに一家言ある研究者は少なくなく、足下の学術界に研究対象を広げるだけなので難しくはありません。ただ現状は個々の不正事例のケーススタディが中心で、マクロ調査にはデータが足りないように思います。  データが足りないのは不正が存在しないのではなく眠っているためです。すべてを公開する必要はありませんが、なぜ眠ったままなのか。どうしたらデータが出てくる構造を作れるのか、解決策はまだありません。実学vs虚学で叩かれてきた文系にとっては理系に反撃する数少ないチャンスだと思います。理系は文系から強硬派が出てくる前に自浄機構を作るべきだと思います。 (日刊工業新聞科学技術部・小寺貴之)

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