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世界最大の配送会社UPSはいつも最短経路を走っているわけではない

効率化に成功した意外な秘策とは?
 インターネットショッピングの普及により宅配便の取扱量が増大し、宅配業界の人手不足が大きな問題になっている。しかし、早速いくつものアイデアが提示されており、壁にぶつかったときこそ変革やイノベーションのチャンスだ。

 貨物配送の世界は様々なチャレンジに立ち向かっている。なかでも先進国共通で顕著な課題が、道路渋滞や環境・エネルギーへの影響だろう。この問題について、ノッティンガム大学でコンピューターサイエンスの教鞭をとるグラハム・ケンドール教授の見解はこうだ。

コンピューターサイエンスからの分析


 意外だと思われるかもしれませんが、世界最大手の貨物配送会社であるUPS社の配送トラックは、いつも最短経路を走っているわけではありません。同社は各ドライバーに具体的な走行経路を指示していますが、それは、やむを得ない場合を除き、対向車線を横切って曲がってはいけない(日本の環境で言うところの右折をしてはならない)という方針も含まれています。このため、必要以上に長距離を走る経路も出てくるわけですが、なぜ、この方針を採っているのでしょう?

 貨物配送業界に限らず、たとえばタクシーの配車などでもよく「運搬経路問題(vehicle routing problem)」という学術が用いられます。この学術は配送業界でいえば、小型物流拠点に待機する運搬車が複数地点への配送サービスを行って再び小型物流拠点に戻るー。

「交差点で対向車線を突っ切って曲がることを避ける」


 このとき最も効率的な経路を探るもので、大抵の場合は最短距離を採るものが最適とされます。ベースとなるコンセプトは、1959年に「数理計画法の父」と呼ばれるジョージ・ダンツィックによって紹介されたものです。それから50年以上が経ち、大規模な研究が行われてきたにもかかわらず、研究者たちは今なお、この問題への新たな対処法を模索し続けています。

 UPS社は最短経路を探す試みをあきらめ、現在は移動を最適化する他の条件に注目しています。同社があみ出した方法のひとつが、この「交差点で対向車線を突っ切って曲がることを極力避ける」というもの。

 最終目的地とは反対の方角へ進むことにもなりかねませんが、事故を減らせる可能性があり、交差点で車の流れが途切れるのを待つことによって生じる遅れや燃料のムダを防ぐこともできるのです。

 UPS社は独自の配送経路計画ソフトウェアを設計し、できる限り左折(日本であれば右折)を減らせるようにしました。一般に、交差点を曲がるうちの左折(日本では右折)の割合はわずか10%にすぎません。

 しかしそれを避けることで、燃料消費量を1,000万ガロン(約3,800万リットル)、二酸化炭素排出量を2万トンも削減し、年間配送量を35万個も増加させることができるようになったと同社は発表しています。

 さらには、この経路計画によって、同社はトラック使用台数を1,100台も削減し、遠回りの経路を採るにもかかわらず、全社の総走行距離を2,850万マイル(約4,600万km)も短縮することに繋がったとのこと。

 左折(編集部注:くどいですが日本では右折)を避けることでこんなに大きな節減を果たせるのかと疑問に思われるかもしれませんが、このアイデアは実際にあるテレビ番組でもテストがおこなわれ、ターン回数が増えても燃料使用量の削減につながることが証明されました。

 だとすると、この際すべての運転者が左折(日本では右折)を避ければよいのでは?という疑問が浮かびます。誰もがそうすれば、二酸化炭素排出量は大幅に削減され、渋滞もずいぶん緩和されるでしょう。

 しかし、問題はこの方策が、必ずしもすべての「移動」の効率性を改善できるわけではないということ。また、運転習慣を変えるよう促されても、運転者自身がメリットを感じられる場合でなければ難しいでしょう。

ドライバーのジレンマ


 気候変動抑制策の全般に言えることですが、皆が足並み揃えて必要な措置を実行すれば状況は改善し、ライフスタイルを変えずに(従来の利便性を得ながらにして)メリットを享受することができるでしょう。しかし、協力しない人がわずかでもいればシステム全体が破綻してしまいます。

 これは、ゲーム理論でよく知られる「囚人のジレンマ」と同じこと。誰もが協力的であればシステム全体が良い成果を全体で享受できるのに、そうして皆が協力的な状態のとき、ある個人が非協力的な行動をとればその個人は“協力的な他者の犠牲によって得られる利益”をかっさらうことができてしまう、というものです。

 ですから、全体の利益のために運転中は左折しない(日本では右折しない)ということを推進しようにも、全運転者の賛同を得られないのであれば、その推進や強制というのは政府の指揮下でなければ難しいかもしれません。

 たとえば、対向車線を横断して曲がることは不可能な道路をつくる、といったことです。むろん、この計画を実行に移すには、強大なリーダーシップが必要でしょう。しかし、UPS社が1,000万ガロンの燃料使用を節減できたのであれば、都市全体あるいは国全体では一体どれだけの燃料を節約できるでしょうか。検討する価値は大いにありそうです。

※この記事はThe Conversationに掲載したものをベースにしています。ここで示した見解はGraham Kendal(グラハム・ケンドール)氏個人によるものです。
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
興味深い事例ですね。自動運転車の普及に向けさまざまな視点が必要です。ただ世の中は常に「囚人のジレンマ」との戦い。そこにテクノロジーが入っていくチャンスもあるということでしょう。ビジネスという意味でも。

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