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学生を追い詰める「ブラック研究室」の実態

<研究不正・パラダイム転換へ#03>不正を暴いて波風を立てることにメリットがない…
学生や研究員を追い詰めるような「ブラック研究室」は研究不正の温床になる。学生にとってはブラック研究室の実態を暴くことにメリットはなく、目標にはなり得ない。研究室から円滑に卒業し、就職やステップアップなど次の活躍の場を得ることがゴールだ。そのためには不正を暴いて波風を立てることは合理的でない。果たして倫理教育で学んだモラルはどこまで有効なのだろうか。

 「もう3カ月同じ実験を繰り返している。先生の思い通りの結果が出ず、腕が悪いと怒られる」―。とある国立大学。この学生の実験課題は准教授にとって、研究室の屋台骨を支えるテーマだった。准教授は免疫染色などの実験キットを購入し、学生の実験手技の巧拙による影響がでないよう万全の状態で臨んだ。ノート管理は徹底し、学生は教えられた通りに実験を繰り返した。だが、結果は准教授の仮説を否定するものばかり。この仮説が崩れれば他の研究テーマも前提が覆る。

 この学生が先輩から教えられたのは、「根底がおかしくても自分の実験で言える新しい知見を探すこと」。上司の仮説を否定せず、別の発見によって論文を仕上げるというとても高度な仕事だ。同じ実験を繰り返すだけではたどり着かない。4カ月ほどたったころ准教授の仮説を肯定する結果が得られた。一度きりで再現はしない。この学生は研究者の道は諦めた。生命科学は捨て金融機関で活躍している。

 研究室の実態を入る前に知ることは難しい。ブラック研究室もすべてのテーマが破綻し、すべての学生が追い詰められているわけではない。就職志望の学生が卒業間近にデータだけ捏造(ねつぞう)して卒業する例もある。本人にとっては研究者の道には戻らないため問題はない。ある大学病院長経験者は「医師の大半は医学博士をとったら二度と研究しない。見逃すことも処世術かもしれない」と吐露する。

 東京工業大学の札野順教授は「ある国立大で研究不正と防止策について意識調査をしたところ、教授たちは『学生は当然理解している』と答え、学生たちは『そんな指導はなかった』と答えた。このギャップは大きい」と指摘する。

 また、研究室の実態を暴くことは有期研究者や技術職員などの雇用に影響する。ある大学院生は研究室に入ってから、先輩たちが博士号取得に5―10年かけている実態を知った。教授が米サイエンスなどのトップジャーナルしか投稿を認めないのだ。

 ポスドク研究員たちは24時間、研究に打ち込んでいた。先輩に「博士号取得に5年かかれば他の研究室では雇われない。行き場所がなくなる」と打ち明けられた。自身は3年で博士課程の単位を取得後、退学して就職した。

 最初は小さな不正でも、積み重なり続ければ絡め取られる。窮地に追い込まれるほど、モラルだけで不正への誘惑には抗えない。
 

記者ファシリテーター


 「就職組の卒業研究は信頼できない」という先生もいます。あばよ感覚でデータを捏造して卒業し、そんな研究が3代も続くと、テーマを引き継いだ学生は、いったいどこまでデータを逆上れば軌道修正できるのかわからなくなります。また不正で追われた教員の弟子たちも浮かばれません。

 ある先生は地方国立大に迎えられて研究室を持っていましたが、元上司の不正発覚後は3年生の授業を持たせてもらえなくなりました。授業がないと学生に研究室を認知されず、進学希望や優秀は学生が希望しなくなります。すると「研究はあんまり」と明言する就職組だけになり、研究室からまともな研究テーマが減っていき、あばよ感覚のデータに先生も依存するという悪循環が始まります。
(日刊工業新聞科学技術部・小寺貴之)
日刊工業新聞2017年3月14日
昆梓紗
昆梓紗 Kon Azusa デジタルメディア局DX編集部 記者
企業以上に閉鎖的な環境。心身が追い詰められる前にうまく逃げ出せればよいですが…

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