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人生におけるスポーツの役割。エンターテインメントか学校教育か

「スポーツ×デジタル」の可能性を考える
人生におけるスポーツの役割。エンターテインメントか学校教育か

©川崎フロンターレ

 このシリーズは、富士通総研が発行している情報誌「知創の杜」の中から旬なテーマを取り上げ、実際のビジネスに取り組んでいるコンサルタントを交え、対談形式でお届けするシリーズです。今回のテーマは「スポーツ×デジタル」。

<対談者>
●中西 大介氏(公益社団法人日本プロサッカーリーグ 常務理事)
●出井 宏明氏(公益社団法人日本プロサッカーリーグ 事業・マーケティング本部 本部長)
●大河 正明氏(一般社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ チェアマン)
●小口 淳氏(富士通 イノベーティブソリューション事業本部 情報統合システム事業部)
●今村 健氏(富士通総研 執行役員 流通・生活サービス事業部長)
●松本 泰明氏(富士通総研 流通・生活サービス事業部 チーフシニアコンサルタント)

Jリーグの百年構想「スポーツで、もっと、幸せな国へ」


 ―2016年秋のB.LEAGUE発足や東京2020など、今後ますますスポーツが盛り上がっていくと思われます。Jリーグさんは「スポーツで、もっと、幸せな国へ」と謳っておられますが、どういう想いで取り組まれているのでしょうか?

中西 2015年末に来日したビル・ゲイツのタウンミーティングで、「GDPの伸びが止まっている先進国は新しい社会問題に民間の力を使わないと解決できない」という話がありました。

 ドイツは戦後、スポーツを公共のものとして環境を整えてきましたが、日本でJリーグがスタートしたのは1993年で、国ではなく民間の力でスポーツ環境を作っていかなければいけない時代とマッチしていたと思います。スポーツで社会の環境を変えていきたい、人々の元気を作っていきたいという「百年構想」は、先のビル・ゲイツの話と通じるところがあります。
中西大介氏(公益社団法人日本プロサッカーリーグ 常務理事)

 ―Jリーグさんの「地域に根ざす」という理念は、誰もが知っていますね。
中西 Jリーグで成功したクラブは、「サッカーを見に来てください」ではなく、「地域の名前を叫びに来てね」と、言わば「地域の共同体」を意識して運営しています。その意識を皆で持つことが今後も大切だと思います。

エンターテインメントの追求と文化は矛盾しない


大河正明氏(B.LEAGUE チェアマン)

 ―B.LEAGUEさんは「徹底的にエンターテインメント性を追求する」というのが理念と伺っています。
大河 B.LEAGUEもJリーグも初代チェアマンが川淵三郎さんという意味ではDNAは一緒で、「地域に根ざしたスポーツクラブを作る」ことに重きを置いています。ただ、エンターテインメントの後ろには「夢のアリーナ」があります。

 単に試合を行うだけではなく、サッカーであればスタジアム、バスケットであればアリーナといった、試合に付加価値をもたらす機能が必要だと思っています。日本の競技場や体育館は土足厳禁と言われる所があり、飲食も禁止だったりします。観客がエンターテインメントを楽しむことを念頭に備えていないのです。

中西 「エンターテインメントは文化ではない」と、日本人は発想するでしょう。でも、例えばモーツァルトが音楽を作った当初は、エンターテインメントとして誰かに喜んでもらうことが目的だった。

 そういう意味では、モーツァルトもミケランジェロもエンターテインメントです。今や、日本の歌舞伎なども伝統を残しながら新しいものを取り入れていますし、エンターテインメントの追求と文化は全然矛盾しないのです。

松本 日本の今までのスポーツは体育の延長であり、これからのスポーツはエンターテインメントだという気もします。
松本泰明氏(富士通総研 流通・生活サービス事業部 チーフシニアコンサルタント)

大河 欧米では「体を動かして楽しむ」というのがスポーツの原点ですが、日本は武道の精神が根強いため、「スポーツで楽しむ」という概念が元々ない。これが文化として定着していない大きな要因だと思います。

中西 日本人は「楽しむ」とか「エンタメ」とかに関して罪悪感を持つのです。人生を楽しむために必要なことですが。

 ―日本人には「追い込まれることに耐えるのが是だ」という価値観がまだ残っているのですね。
中西 ドイツのあるコーチが、「日本人は苦しい時に耐える力のことを精神力と言うが、ドイツでは苦しい時にクリエイティブになれることが精神力だ」と言っています。苦しい時にどう知恵を働かせるか、どう乗り切るかが重要だということです。

 ―スポーツに対する価値観が異なるということは、人生におけるスポーツの果たす役割も異なるのでしょうか?
中西 季節ごとにスポーツを変えるし、「子どもの頃に1週間単位で多様なスポーツをやらせる」というのがヨーロッパの考え方ですね。

 テニスのシュテフィ・グラフ選手は、走り幅跳びでも中学校まで名選手でした。これは「子どもの頃にピアノを覚えればずっと弾ける」というのと同じで、生涯にわたってスポーツを楽しむためです。

大河 子どもだけでなく、シニアがスポーツを楽しめるようになることは、健康寿命を伸ばすことにつながります。それは僕らの大事な課題だと思います。

スポーツ界のグローバリズム


 ―日本の企業は、国内ビジネスの成長が見込めなくなりつつあり、グローバル進出を迫られていますね。
中西 いろいろな産業がグローバリズムの波に洗われていますが、それを象徴的に見せているのがスポーツです。EUができて、労働者の行き来が自由になり、その結果、サッカー選手が自由に国境を越え、国際試合が可能になったわけです。

 そうすると、例えば「日本に放送が売れるから中田を採る」というように、お金が一極に集中します。これはグローバリズムの典型です。

 Jリーグは最初、ジーコやジョルジーニョといったスーパースターがいましたが、最近はああいう選手が採り難くなりました。なぜかというと、グローバリズムによる相対的な格差が生まれているからです。そういうグローバリズムの中で、Jリーグはどう存在感を発揮していくかという難しい課題に直面しています。

 市場がボーダレスになっているので、我々もアジアの中で価値を持たないといけない。アジアでもう一つ大きいサッカーマーケットを作り、日本がリーダーシップを発揮していければ、新しい展開が見えてくると思います。
スポーツの感動を共有するためには?

スポーツの感動を共有するためには?


今村健氏(富士通総研 執行役員 流通・生活サービス事業部長)

 ―富士通は、Jリーグ川崎フロンターレのオフィシャルスポンサーであり、JBA(日本バスケットボール協会)やB.LEAGUEとパートナー契約を締結するなど、スポーツに大きく関わっています。これからもっと感動を共有していくためには何をすればいいでしょうか?

中西 先日、ベルリンとケルンでカンファレンスに出ましたが、両方ともテーマは「ICTとスポーツ」「IoTとスポーツ」です。特にベルリンのテーマは、“The World has Changed.”で、“is Changing”ではなく、「もう変わってしまった」ということでした。

 このことをスポーツ界はもっと意識して、新しいテクノロジーを取り入れるべきだと思います。そういうのを夢見ることは、マーケティングをやっている人間にとってもとても楽しいです。

松本 「IoTとスポーツ」では、いくつかの方向があると思います。一つは「エンターテインメントとの融合により、新しい楽しみ方をお客様に提供していく」こと。

 もう一つは「人のつながりや関心を可視化し、集客に活用していく」ことです。例えば、アニメが好きな人はスポーツに関心を示さないと思われがちですが、実はそうではありません。人は多様性があるので、ここにも感動の共有を広げるチャンスが潜んでいます。

 図1は、サッカーファンと一般の中高生の関心の違いを表したものです。上に行けばいくほどサッカーや野球に関心があり、右に行けばいくほどアニメやイラスト、小説に関心があります。ここをどう捉えて市場を拡大していくかを検討する必要があります。
図1 サッカーファンと一般の中高生の関心の違い  

松本 先日、千葉の中高生を主人公にしたアニメを使って千葉ロッテさんとイベントを行いました。スポーツが地域に根ざすためには、新しいスタジアムの役割を見つけることも重要です。実際にこのイベントでは、Webプロモーションのみだったにもかかわらず、限定チケット1000枚を1時間で完売できました。(図2)
図2 地域アニメとコラボしたイベント                 


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明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
「楽しむ」ではなく「愉しむ」という精神ですね。

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