「原子力ムラ」揺るがす非連続の経営改革

有識者に意見を求めているのは、原発事故の責任問題ではない

 「原子力ムラ」という表現を好まない。専門性の高い分野はどんなものでも、最低限の知識がなければ話題にすら加われない。産業や技術はもちろん、スポーツでも芸術でも、人間社会は無数とも思える「ムラ」がモザイク状に集積して成り立っている。

 確かに「原子力ムラ」は存在する。一定の条件を置けば問題の解答は制約されるし、それを理解するメディア関係者も名誉村民的な地位にあるといえよう。

 最近、このムラを揺るがしたのが東京電力の「非連続の経営改革」だ。経済産業省が、福島第一原子力発電所(略称1F)の廃炉などを議論するために有識者会議として「東京電力改革・1F問題委員会」を設置した。この審議の中で、東電の原発事業の分離の可能性を示した。

 ムラの事情を最も知る他メディアの論説委員が、思わず「これって、ちゃぶ台返しだよね」と漏らしたことが印象的だった。議論の前提となる一定の条件を変える可能性を経産省が示唆したわけで、これをどう受け止めるか、個々のメディアの中でも意見がまとまっていないように思う。

 日刊工業新聞は、安全確保を最優先にしつつ原発事業を着実に進めることが最も日本の産業界の利益にかなうと主張してきた。その原発を担う事業主体をどうするかは、まだきちんと議論できていない。

 ただ、ひとりの論説委員としては、原発事業分離を含めて大いに検討すべきと考える。

 東日本大震災で1Fが被災した直後、当時の経産省首脳らに対して、しつこいほど「事故の責任の所在の明確化」を取材した。震災は1Fのみならず、東電の福島第二原発(2F)と東北電力の女川(おながわ)原発を襲った。

 2Fと女川は、未曾有の災害の中でも安全停止に成功した。1Fの事故原因を明確にしなければ、原発すべてが同一視されてしまう。たとえば被災原発を分離し、他の健全な原発には国が直接関与して稼働させる選択肢はないのか。
(文=加藤正史)

日刊工業新聞2016年11月10日

加藤 正史

加藤 正史
11月14日
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当時の原子力ムラの関係者は、一様にこうした考え方を否定した。原発分離を議論すれば、電力会社の地域独占問題に深入りせざるを得ない。そこを避けているようにも見えた。「専門家は限られる。組織を分離したところで、原発を動かすのは同じ顔ぶれだ」と話す人もいた。
いま経産省が有識者に意見を求めているのは、原発事故の責任問題ではないと承知している。ただ事故直後、もっと突っ込んだ議論をしていれば、問題のありようは違っていたのではないかと思えてならない。

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