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カーナビの自車位置予測の仕組みがマウスの脳でも起きていた!

沖縄科学技術大学院大学の銅谷教授らが実証
 沖縄科学技術大学院大学の銅谷賢治教授らは、電波の届かないトンネルや高層ビルの谷間でも自車位置を推定するカーナビゲーションと同様の働きが、動物の脳の神経回路でも起きていることをマウスで実証した。暗闇の中で断続的に出る音を頼りに、マウスをゴールへ走らせる実験(イメージ図)を実施。実験中のマウスの脳を観察した結果、音の聴覚情報と自身の歩行運動の情報を統合して、現在位置とゴールまでの距離を予測していることが分かった。

<暗闇の中、音を頼りにマウスをゴールへ走らせる実験の概要図(沖縄科学技術大学院大学提供)>

 脳が未知の状況を予測する「脳内シミュレーション」の理解促進につながる可能性がある。脳内シミュレーションの乱調を伴う精神疾患の原因解明や、脳の計算機構を応用した人工知能の開発などへの寄与も期待される。

 カーナビは全地球測位システム(GPS)の電波が届かないトンネルなどに車が入った際、タイヤの回転数を基に自車位置を予測している。こうした感覚情報と運動情報を統合して現状を予測する仕組みは「動的ベイズ推定」と呼ばれる。

 動物でも、脳の大脳皮質の神経回路が動的ベイズ推定をしているという仮説が過去に提唱されたが、実験で検証した例はなかった。銅谷教授らは、マウスの頭蓋骨に小さな穴を開け、実験中の神経細胞の活動を特殊な顕微鏡で観察した。
 
 実験は、暗闇の中で音を頼りに約1メートル先に仮想的に設定したゴールへ向けてマウスを走らせるという内容。マウスの脳内を観察するため、頭を固定した状態で、空気圧で浮かせた発砲スチロールのボールの上を走らせた。ボールの回転に応じて周囲のスピーカーからの音の強さと方向を変化させることで、マウスが自身の現在位置とゴールまでの距離を把握できるようにした。ゴールに到達すると目の前の管から報酬として砂糖水が出る。

 音を頼りにしてゴールに向かい、無事ゴールにたどり着くと報酬を得られるという点で、同実験は「スイカ割り」をイメージすると分かりやすい。行動を繰り返すうちに、マウスは「ゴールに着いた」と判断した時点で目の前の管をなめる(スイカ割りで言えば棒を振り下ろす)ようになる。まず音を連続して流す実験を行ったところ、ゴールに近づくに連れて管をなめる頻度が増え、マウスが音を頼りに自分の位置とゴールまでの距離を予測しているようすを確認できた。
 
 次に、音を途切れ途切れに流す実験を実施。音の鳴らない区間でマウスがどのように自分の位置を予測するかを検証した。その結果、途中に音の鳴らない区間を設けた場合も、ゴールに近づくにつれて管をなめる頻度が増加。カーナビが電波の届かないトンネル内でタイヤの回転数を基に自車位置を推定しているのと同様に、マウスは音の鳴らない区間において自分の歩行運動の情報を基に自分の位置とゴールまでの距離を予測している可能性が示された。

 さらに、マウスの脳の頭頂葉に神経活動を抑制する薬を注入したところ、音のない状態では管をなめる回数が増えず、自分の位置とゴールまで距離の予測がうまくできなくなることが分かった。これらの研究成果は英科学誌ネイチャー・ニューロサイエンス電子版に掲載された。
日刊工業新聞2016年9月20日 総合2面の掲載記事に加筆
斉藤陽一
斉藤陽一 Saito Yoichi 編集局第一産業部 デスク
 少し前の記事ですが、紙面スペースの都合で削られてしまった部分を含めて大幅に加筆しました。感覚情報と運動情報を統合して現状を推定するという内容は、文章にすると分かりにくいですが、実は私たちも普段行っています。例えば、夜の真っ暗な部屋の中で明かりのスイッチを探すケース。それほど誤差なくスイッチの場所にたどり付けるのは「普段の生活でスイッチの場所が感覚的に分かっており、さらに暗闇の中で進んだ歩数の情報を統合して、自分の位置とスイッチまでの距離を予測しているため」と銅谷教授は話しています。

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