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ビジネスマンになるVR研究者たち

「結局、おっぱいは触れるのか」-起点は煩悩に応えていくこと?
ビジネスマンになるVR研究者たち

長谷川東工大准教授らのウエアラブルボディースピーカー「ハプスビート」。ライブで音楽が突き抜けていく感覚を体験できる

 ポスト仮想現実(VR)を巡って研究者が岐路に立っている。ヘッド・マウント・ディスプレー(HMD)や拡張現実(AR)、プロジェクションマッピングなど、往年の研究テーマがこの数年で続々と実用化した。競争の舞台は研究開発からビジネスに移っている。研究者は触覚などの研究領域を立ち上げたり、クリエーター育成に動きだしたりと、新たな一歩を踏み出した。

 「VRの次は何をやるか。この数年でこれまで夢だった技術がほとんど実用化した。10年後の産業界はどこまで行くか、先を読みながら研究する。とてもスリリングな状況だ」と東京工業大学の長谷川晶一准教授は説明する。VRは大学の研究領域を飛び出して、企業間の競争に移った。

 これまではVR技術を開発しても、クリエーター不在のため技術は普及しなかった。研究者がVR作品を制作し、夢や未来の姿をみせることが研究として認められていた。

 だが3次元(3D)コンテンツの制作基盤ソフトやHMDなどの普及に伴い、一般のクリエーターもVRコンテンツを作れるようになった。そこにARを活用したスマートフォン向けゲーム「ポケモンGO」が大ヒットした。ARとキャラクタービジネスの相性の良さが実証された形だが、研究者は基礎に立ち返るなど、研究のあり方を見直す時期を迎えている。


“ポストVR”は触覚や現実世界との融合


 ポストVRの候補となるテーマが、触覚や現実世界との融合研究だ。身近にVRのキャラクターが見えれば触ろうとするのが人の性だ。触覚研究は歴史が長く、触覚デバイスを安価に作る技術は既にある。指先などが感じる振動を収録し再生すると、物体の質感やバットでボールを打つ感覚を体感できる。

 慶応義塾大学の南澤孝太准教授らは、全身に触感を提示するスーツを開発した。26個の振動コイルを手足や腰に装着し、ゲームや音楽に合わせて衝撃や音圧を全身に響かせる。スーツを着てHMD用ゲームをプレーすると、攻撃を受けた衝撃が手足に伝わっていく感覚を体験できる。

 振動コイルは、腿(もも)裏などの軟らかい部分に配置した。南澤准教授は「骨盤などに触れると骨を通して全身に振動が伝わるが、内臓が揺らされ気持ち悪くなる。長時間、気持ち良く体験するにはノウハウが必要」と説明する。2017年には試用版の提供を始める。

(南澤慶大准教授ら開発の全身触覚スーツ)

 東工大の長谷川准教授らは、ウエアラブルボディースピーカー「ハプスビート」を開発した。ひもを胸や腹に巻いて、モーターで巻き取って音圧を伝える。体形を問わず装着でき、振動が服を通して広がるため上半身全体で音を感じられる。ライブで音楽が体を突き抜けていく感覚を体験できる。

 触覚デバイスは振動子を胸に張り付けるタイプやブレスレット型などが製品化されている。ただ装着のしやすさと振動を伝える範囲がトレードオフになっていた。

 長谷川准教授は「シンプルさと広がりを両立させた。満員電車の中でも音漏れゼロで音楽ライブを体感できる」という。

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日刊工業新聞2016年8月18日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
 記事ではポストVRとして触覚とリアル融合、無意識コミュニケーションを挙げましたが、柔軟立体ディスプレーもその候補です。煩悩に応える研究は論文の題名を読んでも狙いがわからないようになっています。特に錯覚を利用する場合は原理を見つけてもデータ集めが難しいなど、科学として扱うのは大変そうでした。ただインターネットなど、新しいメディアの黎明期は男子の煩悩がそれを支えてきました。HMDなどのVRコンテンツはエンタメやゲームが大きく育つのか、しばらく煩悩に応えていくことになるのか岐路にあります。久しぶりに研究室を訪ねてみようと思います。 (日刊工業新聞社科学技術部・小寺貴之)

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