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認知症の人に強制的な関わりを持ったら人権侵害になる?

事故を防ぐために、地域での仕組み作りが欠かせない
 2015年1月、安倍政権は認知症対策として、「できる限り住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らし続けることができる社会の実現を目指す」という国家戦略目標、「新オレンジプラン」を発表しました。現在、市区町村が中心となり施策が進んでいます。

 私の病院は八王子市にある349床の精神科と内科の病院です。東京都の認知症疾患医療センターの指定を受け、日頃から認知症の最前線に立っています。御本人はもちろん家族や、経済状態、身体状態も含め総合的に判断しています。

 また、医師をはじめ、看護師、精神保健福祉士、管理栄養士、作業療法士、理学療法士、言語聴覚士など多くの職種のチームで取り組んでいます。認知症の方は医者嫌いの方も多く、家族の希望があれば、往診で対応しています。精神科医として、毎日、認知症の診断をしているおかげで、認知症発見器のようになってしまいました。

 そうした中、先日の蒸し暑い日、自宅前の路上で見知らぬ老人とすれ違いました。年齢は85歳前後、身長160センチメートル、痩せ形、茶色のツイードのジャケットにグレーのズボン、帽子をかぶって、なかなかおしゃれな老人でしたが、猛暑の中では異様な服装です。

 近づいていくと、憮然(ぶぜん)と私を睨(にら)みつけたので、なるべく見ないように歩いていましたが、ズボンの股間から局部が出ているのが視界の隅に入りました。知らないふりをして通り過ぎようとした時、老人はジャーっと小便を始めました。少し距離を置いて振り返った時には、反対方向に歩き始めており、老人が立っていたところには水たまりができていました。

 誰が見ても普通ではありません。認知症の疑いがあると思いますが、専門家の私でも手は出せません。日本国民には基本的人権があり、よほどのことがない限り、強制的な関わりはできません。放置すれば脱水症で命の危険があるかもしれません。

 また、火事や事故の原因になり、本人だけではなく、地域住民へ危害が及ぶ可能性もあります。人権侵害をしてでも早期介入をすべきなのでしょうか。しかし、それはできず、こうした時には悩んでしまうのです。

 今後、超高齢社会の中で認知症になる人が増大していけば、彼のような存在が地域で増えていくと思います。住み慣れた地域で暮らし続けるには、それなりの仕組みが必要です。仕組みをつくる中で、現実的な対策も考えていかなければならないと思います。
(文=平川淳一 平川病院院長)
日刊工業新聞2016年8月12日
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
認知症、あるいは高齢者のクルマの運転を制限できるか、という問題もある。本人は自分が認知症だと自覚していない。「人権」か「公共」か。そのバランスは、その時代における社会通念でルールを作っていくしかない。また今はテクノロジーで解決できることも少しずつ増えてきている。

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