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搭乗者?歩行者? 完全自動運転車は誰の命を優先すべきか、米国で意識調査

倫理面からプログラム開発や規制の難しさ浮き彫りに
搭乗者?歩行者? 完全自動運転車は誰の命を優先すべきか、米国で意識調査

The social dilemma of autonomous vehicles (Iyad Rahwan/Science)

 2010年からNHKで放映された「ハーバード白熱教室」を覚えているだろうか。政治哲学の名物教授マイケル・サンデル教授が学生に対して容易には答えの出ない難題を問いかけ、賛成あるいは反対それぞれの立場からその論拠を含めて考えを述べてもらい、みんなで議論を深めていくという内容だった。その第1回が「殺人に正義はあるか」。暴走するトロリー列車(トロッコ)を運転しているあなたは、その先にいる5人の作業員の命を犠牲にするか、それとも進路を変えて1人の作業員の命を犠牲にするか…。倫理学では有名な思考実験に、懸命に頭をひねった視聴者も多かったかと思う。

 実は近い将来に実用化が見込まれる完全自動運転車でも、同じようなジレンマが想定されている。自動運転車は交通事故を最大90%程度減らせるとはいうものの、すべての事故を防げるわけではなく、場合によってはトロリー問題と同じように、どの命を優先するかというように、自動運転車が難しい判断を瞬時に下す必要性に迫られる場合も十分考えられる。自己の利益か公共の利益を優先するか。自動運転車の人工知能(AI)に道徳原則をどう反映させていけばいいのかーー。

 こうした議論に役立てるため、米国で実施された調査によれば、調査への参加者の多くが、歩行者の命を救うために搭乗者の命を犠牲にするよう自動運転車をプログラミングすることには賛成と回答。ただ、このようにプログラミングされた車に自分が実際に乗ることにはためらいがあることがわかった。さらに、回答者の多くは自動運転車側の自己犠牲を義務化するような法制度には反対で、そのような規制が導入されるのであれば、自動運転車はあまり買いたくないと考えている。倫理的な観点から自動運転車のプログラム開発の難しさが改めて浮き彫りになった。

 この調査は、仏トゥールーズ・第一キャピトル大学経済大学院のジャン・フランソワ・ボネフェロン氏と米オレゴン大学、米MITメディアラボの研究者が共同で、インターネットを使ったオンライン意識調査を米国で実施。2015年6月から11月にかけて計6回行い、参加者はそれぞれ182〜451人。事故で救うことのできる歩行者の数と搭乗者の数などが異なるシナリオを提示しながら、自動運転車に求める性能について質問し、調査結果を6月24日付の米科学誌サイエンスに発表した。

 調査の回答者は概ね、歩行者の命を守り、いわばベンサムの「最大多数の最大幸福」を狙うような「功利主義的」なものにすべきだとする一方で、自分は自分自身と同乗者を守る車を買いたいと回答。調査した研究者によれば、これは搭乗者を守る「自己防衛的」な自動運転車と、歩行者の命を優先する「功利主義的」な自動運転車の両方のタイプが販売された場合、歩行者優先の車に乗りたいと思う人はほとんどいないが、ほとんどの人が他人には「功利主義的」な車に乗ってほしいと思っている、という。

 調査結果を受けて研究者らは、関連の規制は必要になってくるだろうが、歩行者の命を優先するアルゴリズムの規制によって、交通事故を減らせるはずの完全自動運転車の社会への導入がかなり遅れ、事故の犠牲者が減らない、といった矛盾した状況に陥りかねないとしている。

ニュースイッチオリジナル
藤元正
藤元正 Fujimoto Tadashi
先端技術が人間社会に大きな利便性をもたらす一方で、新たな難題を生じさせるのはよくある話。CO2を排出する自動車から、フロン、原発など、中には技術だけでは解決できない問題も多い。自動運転車の技術開発とともに、こうした実験倫理学の手法も交えながら議論を深めていく必要があるでしょう。

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