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夏目漱石のアンドロイドで「文学とロボット」の融合は進むか

二松學舍大が開発へ、石黒教授や孫も参画しメディアとしての漱石像をつくる
 二松學舍大学は、夏目漱石のアンドロイドを開発し、文学とロボットの文理融合研究を推進する。アンドロイドが漱石の作品を朗読したり解説することで、生徒や市民の感じ方がどのように変化するか探る。漱石の人物像は著作物や肉親などの証言が残っており、生活者としての顔や作家としての顔など、文学研究者によって幅広い人物像が形作られている。

作家と作品、読者の関係がどう変わるか


 アンドロイドに漱石の人物像を集約して実装すると、一般市民が人物像に触れることができるようになる。作家と作品、読者の関係がアンドロイドを通してどのように変わるか研究する。

 大阪大学の石黒浩特別教授と学習院大学の夏目房之介教授、朝日新聞社との共同研究。石黒教授がアンドロイド開発、漱石の孫である夏目房之介教授が漱石アンドロイドの声を担当する。朝日新聞が保有する漱石のデスマスクを利用して骨格や表情を再現する。

 機体は顔や腕など44自由度で、座った状態を再現する。16年12月をめどに機体を完成させて講義用プログラムを開発、17年4月から大学や付属の中学高校の授業に導入する。漱石は1881年(明治14年)に当時漢学塾だった二松學舍に在籍し、論語や漢詩を学んでいる。
 
 夏目房之介教授は「再現する漱石アンドロイドは、漱石の真実の姿がどうであったかは検証できない。メディアとしての漱石像をつくることになる」という。研究者や市民の持つ人物像を一つの機体に集約する。

 現代の人が漱石像を再構成することになる。夏目房之介教授は「漱石は多重人格的な人物で、アンドロイドで再現すればユーザーは当然ギャップを感じる。私のイメージとは違うと拒否されるのか、これこそ本当の姿と受け入れられるのか。社会に一つの漱石像が成立するのか興味深い」という。二松學舍大学文学部の山口直孝教授は「アンドロイドで漱石の抱えていた孤独が浮かび上がるのではないか」という。

評価法の開発自体が大きな研究


 この漱石像が作品の読了感や理解に影響するか検証する。これはロボット研究に認知科学や心理学を持ち込んだ石黒教授の得意とする分野だ。石黒教授は演劇や落語にアンドロイドを導入し、人間的な振る舞いとは何か検証し、ロボットに名人芸や表現をアーカイブしてきた。

 漱石アンドロイドの開発は「文学とは何か迫る研究になる。作品を通してみた作家像や、文学研究者がそれぞれバラバラに語ってきた人物像に実体を持たせると、どう受け止められるか挑戦したい」という。

 課題は人々が持つ漱石の人物像の評価法がないことだ。教科書で「こころ」を読んだだけの人や漱石研究の専門家では人物像は大きく変わる。その実体がつかめなければ、アンドロイドの影響は評価できない。石黒教授は「評価法の開発自体が大きな研究分野になる」と指摘する。ロボット工学に文学と認知科学、教育効果などを加えた文理融合研究になる。

いずれ有名人は死ななくなる


 また「漱石アンドロイドの肖像権なども検討が必要」という。専門家や市民のイメージをアンドロイドで集約することは集合知を実体化させることに近い。そのイメージは誰のものか、守るべき価値はなにか検証すべきという。

 夏目房之介教授は「漱石の作品や作家像は人類共通の財産。パロディなども許さないと若い世代にイメージが継承されず、再創発も起こらなくなる。権利関係が今回の研究を阻害することはない」という。石黒教授は「アンドロイドや人工知能の技術開発が進めば、亡くなった人物を再現できるようになる。いずれ有名人は死ななくなる。そのとき社会がどう受け入れるか」と問いかける。
(文=小寺貴之)
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日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
自分で本を読むよりも、アンドロイドの朗読・解説の方が面白かったらすごいことです。桂米朝師匠の話芸のノウハウが生きると思います。「作家-作品群-(語り手)-読者-読み仲間」という関係の中で作家のキャラクターや人物像が、作品群の価値や読み仲間にうまく作用した例は人間でも多くはありません。読み物に限らず骨董品は、「誰々の何年代の特徴は・・・だからこの作品の価値は」と、作家を通して作品の価値が語られます。そのストーリーが作品の価値を高めるのですが、これを本人そっくりのアンドロイドがすることで、イメージが陳腐化しないのかという懸念するは少なくないです。ただ、なぜ陳腐化するのか、イメージが陳腐化しても残る作品の本質的な価値はどこか、また作品の高める方法があるのかと、研究としてはとても面白いです。スケーラブルに展開できる双方向コンテンツのモデルができるかもしれません。(日刊工業新聞科学技術部 小寺貴之)

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