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業界の常識を打ち破る大和証券の働き方改革

大和証券グループ本社、鈴木会長が語る10年間の試行錯誤
業界の常識を打ち破る大和証券の働き方改革

鈴木会長

 日本経済を覆う霧を晴らし、経済再生をいかに実現するのか―。金融政策や財政政策はもちろん重要だが、日本社会の構造的な課題である少子高齢化の問題に今こそ真正面から取り組むべきだと考える。

 今や日本人の4人に1人が65歳以上の高齢者。世界に誇る「長寿社会」の到来は、裏返せば日本がこれまで築き上げてきた年金や医療、国民皆保険制度が機能してきた証である。

安倍政権の意欲的な目標を評価する


 これら社会保障制度を持続可能なものとして将来世代につないでいくことが我々世代の責務である。安倍晋三首相が経済成長の推進力として打ち出した「新・三本の矢」において、「名目国内総生産(GDP)600兆円」「合計特殊出生率1・8」「介護離職ゼロ」という意欲的な目標が掲げられていることを評価したい。

 少子化問題は今に始まったわけではない。合計特殊出生率が大きく落ち込んだ1989年の「1・57」ショック以降も「超少子化国」とされる水準である「1・3」を下回る状況が続き、ついに05年には「1・26」まで落ち込んだ。その後は若干上昇したものの少子化に歯止めがかかったとはとてもいえない状況だ。

「女性」という狭い視野の問題ではない


 「結婚したいし、子どもも持ちたい。でもいまの就労形態では将来の展望が見いだせない」―。若年世代が直面する厳しい現実は想像に難くない。労働力人口の減少や先細る内需。日本経済の根幹が揺らいでいることは疑いの余地はない。しかし、過去こうした構造的な問題に本気で向き合ってきただろうか。安倍政権の「新・三本の矢」が力強く放たれることを期待したい。

 政府は「一億総活躍プラン」をまとめ、結婚・子育てを後押しする施策を進めるが、わたしは若い世代が希望を持てる社会実現のカギは「働き方改革」に尽きると考えている。それも女性特有の問題と狭い視野で捉えてはいけない。 

 高度成長期を支えてきた長時間労働を前提とした働き方を見直すことで、男女問わず潜在能力が引き出され、組織へのロイヤルティーも高まる―。時間管理がもたらす「好循環」が経営に及ぼす効果は、この10年あまりの当社の取り組みで実証されている。

 少子化による生産年齢人口の減少に対応するため、今や企業は従来型の人材戦略を変革することが不可避となっている。わたし自身、証券業界の常識を打ち破るといっても過言ではない試行錯誤を繰り返すことで、その「確信」に行き着くことができた。

評価の仕組みが伴っていない


 働き方改革になぜ取り組んだのか―。その問いに答えるために、時計の針を10年前に戻したい。わたしが「働き方改革」を強く意識するようになったのは、2004年の社長就任当初だ。全国の支店を行脚するなかで直面したのは、優秀な女性はいるのに十分に活躍できる環境がないという現実だった。

 評価の仕組みを伴っていないことが大きな理由で、出産や子育てを機に離職してしまう。「これではいけない」。折しも当時、当社は手数料収入中心の短期的な利益追求から一線を画し、中長期的な視点で顧客の資産形成を後押しするサービス重視へと戦略の舵(かじ)を切っていた。

 お客さまからの預かり資産を拡大できた社員を評価する制度の導入とあわせて、「体力勝負の試合」からの決別を決めた。「19時前退社の励行」を始めてから、間もなく10年になる。

「無定量・無制限に働ける人」という日本を見直す


 こうした改革の“肝”は、女性の活用支援だけが目的ではない点にある。確かに労働時間の管理は女性の活躍推進には欠かせない。だが、その発想だけでは不十分だ。「無定量・無制限に働ける人」によって支えられてきた日本の企業風土や組織のあり方そのものを見直す挑戦と位置づける必要がある。

 一人ひとりが能力を発揮し、新たな価値創造やイノベーションにつなげる経営戦略の一環として捉える視点が重要だ。個々の企業の競争力が高まれば、日本はデフレ経済から脱却し、成長のステージへシフトするだろう。

 実際、当社では労働時間の管理を始めてから、自己研さんに励む社員が増えた。専門的な資格保有者も増加傾向にある。顧客ニーズが多様化し、市場環境の不確実性が高まる時代だからこそ「インプット」の機会を増やし、引き出しの多い人材の育成が求められる。

トップがメッセージを発信し続ける


 少子高齢化が加速する日本では、団塊世代を介護する働き盛りの団塊ジュニア世代も増えるだろう。さまざまな事情から時間的な制約を余儀なくされる社員が広がることが予想される。企業には社員のライフステージやそれぞれが直面する事情に応じて柔軟に利用できる制度を整える姿勢が問われる。

 一連の改革を進めるうえで経営トップの強固な意志は欠かせない。我々世代には、遅くまで社内で仕事する社員を「あいつは頑張っている」と評価してしまうDNAがいまなお染みついている。こうした長年の慣習を変えるにはトップが改革のメッセージを発信し続けるしかない。

 多様で柔軟な働き方の実現や生産性向上へ向けて、経済界は一層、知恵を絞るべきである。政府の雇用制度改革の進展にかかわらず、地に足のついた取り組みを進めていきたい。
(談)

日刊工業新聞2016年5月31日/6月1日
神崎明子
神崎明子 Kanzaki Akiko 東京支社 編集委員
企業風土や人間の価値観はそう簡単に変わるものではありません。鈴木会長は10年近くもかけて試行錯誤を重ねてきたからこそ現在があると話しています。目先の成果や達成目標ばかりに目を奪われることなく、地に足のついた取り組みが多くの企業で広がることが期待されます。

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