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AIベンチャー投資過熱、データと機械学習をサービスに埋め込めるか

 人工知能(AI)ベンチャー(VB)への投資が加熱している。AIへの期待を背景に億円単位の資金調達が相次ぎ、「有望なVBはほとんど唾がついている」と投資担当者が漏らすほどだ。AIプログラムを開発するシーズ系のVBも、AIでサービスを展開するサービス系VBも等しく投資を集めている。AIビジネスのカギとなるのはAIが学習するためのデータ収集モデルの構築だ。この仕組みをいかにサービスに埋め込むかが成否を分ける。(小寺貴之)

使い道を悩む


 「資金集めよりも使い道の方が悩ましい状況」とトーマツベンチャーサポートの松本雄大公認会計士は説明する。この数年、農業からロボットまで幅広いAIベンチャーが資金調達に成功した。ビッグデータ(大量データ)解析やデジタルマーケティングなどの本流に加え、ファッションや金融などのサービス系VBがAIを駆使して事業を広げている。
 AIはハードウエアVBに比べて投資効果が高い。製品の作り込みやサプライチェーン管理が要らない。さらに松本氏は「AIは先行者ほどシェアをとりやすい」と指摘する。一つの仕事を自動化すれば無限に適用拡大できるという期待がある。検索や広告配信でデファクトを取った米グーグルは世界的な影響力を持つ。

シーズ系VBは技術開発


 産業革新機構らは東京工業大学発AIベンチャーのSOINN(東京都小平市)に3億円を出資した。まだ企業として産声を上げたばかりだが、AIのポテンシャルに賭けた。革新機構の大重信二戦略投資グループマネージングディレクターは「革新機構がAIベンチャーに投資するのは初めて。有望なVBは資金調達がほぼすんでいる」と明かす。
 PEZYコンピューティング(東京都千代田区)にはサイバーダインが出資した。脳型計算素子や汎用人工知能を開発する。汎用AIは期待を集める技術だ。PEZYの齊藤元章社長は「汎用AIが実現すると人は要らなくなる。世界が全く変わる」という。サイバーダインの山海嘉之社長は「10-20年先の世界を一変させる挑戦こそ、VBの使命」と期待する。

サービス系VB自社サービスをAI化


 シーズ系VBが顧客に合わせたAIを開発する裏で、サービス系VBはAIの実装を進めている。サービスを介してデータを収集・蓄積できれば、AIに学習させてサービスの品質、精度を向上させられる。

 MOLCURE(モルキュア、東京都台東区)は抗体医薬品の開発をAI化した。AI自体は既存のツールを組み合わせ自社用に調整する程度だ。強みは抗体実験で集めたビッグデータ。小川隆社長は「普通に実験すると欠落だらけのビッグデータになってしまう。きれいなデータを集めるため、実験技術にかなり投資している」という。従来法に比べAI活用で効率を10倍向上させた。
 抗体とターゲットたんぱく質との結合強度と、抗体のアミノ酸配列とをAIで解析して薬になる抗体を選別する。がん増殖たんぱく質の狙った部位に結合し副作用の少ない抗体など、実験を重ねるほど目的の抗体を選びやすくなる。大学との共同研究でデータを貯め、製薬会社にAIサービスを提供する。

 カブク(東京都新宿区)は3Dプリンターによる製造を仲介する。連携する3Dプリンター工場は世界30カ国に散らばり、その空き時間を利用する。発注者の立体データや素材、納期などとに応じて最適な工場を自動マッチングする。立体データの体積などから製造原価も自動で見積もる。クリエイターは利幅を設定すれば、そのまま販売サイトに出品できる。稲田雅彦社長は「デザインや造形、購入など、ユーザーが利用するほどデータがたまる」という。

 イタンジ(東京都港区)は仲介料なしの不動産仲介サービス「ノマド」を展開する。インターネット上で仲介するため営業マンはいない。サービス利用料(月額840円)と見学料(一回600円)でビジネスを成立させている。部屋を決めるまでの平均金額は1750円だ。
 この価格破壊を実現したのがAIだ。同社はもともと不動産取引や不動産投資の利回り査定をAI化していた。その後、不動産の接客のAI化を進め、現在はユーザーからの質問の4割をAIが応えている。伊藤嘉盛社長は「不動産の問い合わせは約300種類。AIには10万件の対話データを学習させた。現在は月1万件の問いに休みなく応えている」と説明する。
日刊工業新聞2016年4月5日 深層断面に一部加筆
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
ロボットもAIもインテグレーションが実用化の壁になっています。まだ「職業」や「仕事」の単位でロボット化・AI化できる仕事は少なく、「作業」の単位で社会実装が進んでいるためです。サービス事業者が自社でAI化を進めれば、業務改革への現場の反発も抑えられるためスムーズだそうです。サービス系VBは、その機動力も相まってとても早いです。一方、AIを売るのはインテグレーターや導入コンサルの業務フローの切り取り方次第です。「企業」ではなく「作業」のレベルで顧客を理解しないといけません。AI開発はハードウエア系に比べてコストはかかりません。ですが億単位の投資を集めても、優秀なAIエンジニアと導入コンサルの確保は簡単ではないようです。AIサービスのカテゴリーが確立してしまうと、ITサービス大手が飲み込もうとするため悠長なことはできません。 (日刊工業新聞編集局科学技術部・小寺貴之)

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