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【連載】不撓不屈・カミキ編#02 切れない手袋

【連載】不撓不屈・カミキ編#02 切れない手袋

鎖入り手袋は鎖を一つひとつ丁寧に手袋に取り付けていく

 社長の江上壮輔の父で創業者の江上卯吉はアイデアマンだった。その卯吉が考案したのが”切れない手袋“だった。

 当時の八幡製鉄所(現新日鉄住金)内では、鋼板の取り扱い時に切断・裂傷事故が多かった。当時はゴム引軍手が主流だったが擦り傷や切り傷といった微災害は防ぎきれない。

 これに対処するために卯吉が考えたのが、現在までカミキ(福岡県水巻町)の屋台骨を支える「鎖入り手袋」だった。

 当初はステンレス鋼線を指先部分に挿入してみたが、ステンレスは折れてけがをする。鎖手袋は指先から手の甲にまで何本もの鎖を入れることで切断事故を回避する。鎖が太すぎると機械に巻き込まれたときに手袋が切れず大事故となり、一方で細すぎると鋼板に負ける。

 製鉄所の協力を得て、数年かけて鎖幅0・6ミリメートルがジャストサイズだと分かった。同製品の破断過重は2・7キログラム。これは0・03ミリメートル厚のスチール板が毎秒10メートル移動した時にかかる切断荷重だという。八幡製鉄所では高く評価され、同所内での事故低減に貢献したとして、1972年には「改善サークル優秀達成賞」を受賞した。

 息子で現社長の壮輔は当時悩んでいた。66年に早稲田大学法学部に進学し、卒業後には金融機関への就職を希望していたが、父は許さなかった。「お前は自分の後継者だ。九州へ戻ってこい」。後ろ髪を引かれる思いで、70年に北九州市の大手合板製造会社に就職した。うれしかったのだろう、鎖入り手袋の完成と時期がほぼ重なっている。

 2人はその後多くの製品を共同で生み出していく。74年には合板メーカーを退社して壮輔がカミキに入社し、本格的に後継者の道を歩み始めた。

 壮輔が考え、87年に製品化したのが防振手袋だ。林業の現場でチェーンソーを長時間使うと「レイノー現象」と呼ばれる末梢(まっしょう)循環障害が起きる。同社製品はゴムスポンジに特殊溶剤を塗布することで衝撃吸収を大幅に向上させた。手袋メーカーで初めて日本工業規格(JIS)適合製品に、また機械振動伝達率に関する国際規格「ISO10819」にも認定されるなど、高い評価を得た。

 「お前はアイデアがないから」が口ぐせだったという卯吉だが、防振手袋が鎖入り手袋と並んでカミキの主力製品に育ったことをとても喜んだという。

 創業30周年となる88年に社長職を息子に譲り、10年後の98年、鬼籍に入った。モノづくりを追求し続けた一生だった。
(敬称略、全4回 3回目は5日に公開予定)

※「不撓不屈」は幾度となく困難を乗り越え挑戦し続ける中堅・中小企業を取り上げます。
日刊工業新聞2016年2月3日 中小企業・地域経済面
三苫能徳
三苫能徳 Mitoma Takanori 西部支社 記者
「鎖が太すぎると機械に巻き込まれたときに手袋が切れず大事故となり、一方で細すぎると鋼板に負ける」。 丈夫なだけではダメだったのですね。使用者のニーズをしっかりと捉えたからこそのヒットだったということがわかります。

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