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iPS臨床応用、ロードマップ改訂の現実度

研究は加速するか。そしてビジネス化は・・
iPS臨床応用、ロードマップ改訂の現実度

右は世界初のiPS移植が実施された理化学研究所先端医療センター手術室

 事故や疾患などで失われた組織を再生する再生医療で、iPS細胞(人工多能性幹細胞)の臨床応用に向けて研究が活発化している。2014年9月にはiPS細胞由来の組織の移植手術第1号が実施され、その1年後に「経過は順調」と報告された。再生医療の実現を心待ちにしている患者にとって大きな希望となった。次の臨床に向け、さまざまなフェーズで研究が加速している。

 文部科学省では13年度に、iPS細胞を使った再生医療の臨床応用に向けた支援事業「再生医療実現拠点ネットワークプログラム」を開始。10年間で1100億円の支援を行っている。

 15年11月にはiPS細胞を利用した臨床応用の開始目標時期などを示した「iPS細胞研究ロードマップ」を2年9カ月ぶりに改訂。臨床応用の開始時期などに関して、ナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)や歯などの5項目を新たに追加した。iPS細胞を利用した再生医療の臨床応用の準備が着々と進んでいる。

目/網膜シートの有効性検証


 iPS細胞を利用した再生医療の臨床第1号は、理化学研究所の高橋政代プロジェクトリーダーらによって行われた。14年9月に実施した目の難病「加齢黄斑変性」患者へのiPS細胞由来の網膜細胞シートの移植手術の術後経過について15年10月に報告。視力低下や腫瘍形成などの異常は確認されず、術後1年の経過を良好と評価した。

 3年間にわたって経過を観察し、網膜細胞シートの有効性について検証する。高橋プロジェクトリーダーは「他家細胞を用いた移植手術の準備を進めている」とし、16年度内の臨床応用に向け取り組む考えを示している。

軟骨/膝関節症移植、2年後めど


 今回のロードマップ改訂で、臨床応用開始時期を1年程度前倒ししたのが軟骨分野だ。京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の妻木範行教授らの研究チームは15年2月、ヒト由来iPS細胞を軟骨細胞に分化させた軟骨組織を作製したと発表した。

 ラットやミニブタを使い関節軟骨の損傷部位に人工軟骨を移植し、生着した軟骨組織が正常に機能することを確認した。17―18年度をめどに、膝関節の軟骨がすり減り、炎症や変形を起こして痛みを伴う変形性膝(しつ)関節症患者への移植再生治療を目指す。

神経/脊椎も安全性に腐心


 神経は体のあらゆるところに張り巡らされ脳の命令などを伝えている。だが神経が損傷を受けると、体の一部を動かせなくなるといった障害を起こす。交通事故などにより運動系や自律神経系がまひする「脊髄損傷」がその代表だ。脊髄は一度傷つくと二度と再生せず、現状で治療法は開発されていない。

 慶応義塾大学医学部の岡野栄之教授らの研究チームは損傷した脊髄を再生させる治療法の開発に取り組んでいる。15年2月には、ヒトiPS細胞由来の神経幹細胞を脊髄損傷モデルマウスに移植して運動機能を回復させ、その後の腫瘍形成の仕組みを明らかにした。

 再生医療では移植した組織が腫瘍を形成しないように、安全性の高い細胞を移植することが求められる。そのため研究チームは移植後の腫瘍化の仕組みの解明を進めていた。

 特定の神経幹細胞を移植したマウスを4カ月間観察したところ、一度回復した運動機能が徐々に悪化し、神経系の腫瘍ができていることを発見した。またiPS細胞の作製時に導入したOCT4遺伝子が活性化しており、腫瘍化に関わっていることを示した。

 ロードマップでは、神経幹細胞の臨床応用開始目標を17―18年度に設定している。安全性の高い移植細胞の作製技術が進み、臨床応用の実現につながることを期待したい。
(文=冨井哲雄、大阪・川合良典)
日刊工業新聞2016年1月7日 科学技術面
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
ロードマップの改訂は2度目。多くの項目で開始時期が数年先送りになった。確かに日本の大学や企業の基礎研究に強みはある。ただビジネスにつながっていない。京大は基本特許を取っているが、治療に使われには20年先になるだろう。その時には特許の期限が切れる。海外に負けないようなビジネスモデルの確立も急がないと。

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