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台頭する「なろう」系小説

「情報革命」の生んだ『生産=消費者』のひとつの姿
台頭する「なろう」系小説

イラスト・長友啓典(友さんのスケッチより)

 最近の出版界には“なろう系”という用語がある。オンライン投稿サイト「小説家になろう」の人気作品群を指す。「なろう」の通称で知られる同サイトは、10年ほど前に個人運営でスタート。今では素人主体の投稿小説が32万点集積し、さらに増え続けている。そのうち毎月何点かが商業出版で刊行され、マンガやアニメーション番組の原作にもなっている。こうした隆盛には学ぶべきものが多い。

 作品の多くは純文学ではなく、青少年向けのライトノベルに分類される。中でも“なろう系”とされる作品の傾向は、満たされない欲求を補うことだ。事故で異世界に転生し、魔術などの特殊能力を得たり現代文明の知識を活用したりして活躍するストーリーが典型。現代の若者の潜在的な不満を見いだすことができるかもしれないが、それはここでは論じない。

 サイトでは登録した一般読者の累積評価ポイントが、作品ごとに明示される。出版社は作品の質と人気を判断してから刊行できる。ベテラン作家が選ぶ文芸誌の新人賞とは異なる方法だが、高い確率でヒット作を生み出せる。そこには伝統的な編集者の“目利き”はいらない。

 ネット上で無料公開していたコンテンツを、有料の書籍にして成り立つことも驚きだ。編集者が作者に意見して物語に手を加えることもあるようだが、読者の多くが期待しているのは出版時に設定するキャラクターのビジュアルイメージ(キャラ絵)らしい。わずかな付加価値によって、テレビ番組を“ながら視聴”するように気楽に消費する書籍が量産される。オールドメディアとして数百年の歴史を持つ活字出版にも、まだ可能性があったわけだ。

 ネットを介することで、作者(書き手)と読者(受け手)の境界が従来以上にあいまいになったことも特記しなければならない。作者の多くは先行した人気作品に刺激を受け、自分で書き始める。新作が模倣から始まることは紙の書籍でも同じだろうが、それが目に見える形で集積したのが“なろう系”だ。

 これは腕自慢の職人が独立、創業を繰り返して生まれた東京・大田区などの中小企業集積に通じるものがある。またこれまで著名作家による“一品モノ”の一律コピーだった文学書が、安価かつ多目的に生産される新たな形態とも考えられる。

 小説投稿サイトは他にもある。また音楽やデザインでも類似のシステムが存在する。米国の未来学者アルビン・トフラーは1980年に「第三の波」で、生産と消費を同時にする『生産=消費者』の台頭を予言した。読者が作者を兼ね、それが経済活動に結びついている姿は、トフラーの唱えた情報革命の産物のひとつと言える。
日刊工業新聞2015年6月8日 社説
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
「クールジャパン」と呼べるかどうか分かりませんが、「なろう」はアニメや漫画の原作の宝庫でもあります。ビジネスチャンスは、いろいろなところに眠っていると感じます。

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